「流石にもう限界だ……」
怒りに似た感情を瞳に宿らせ男は呟く。
鬼を壊したいという意思が、欲に似た感情に変わっている。
追いつめ、弱らせ、そして壊す。
狩りとも言えるその行為を男は欲した。
それは人としての本能か、一族の血が求めているのか。もしくはその両方か。
何にせよ、男は鬼を壊したくて仕方がないのだ。
男はもう一度天を仰ぐ。
そして右腕を空へと伸ばした。
触れれば簡単に砕け散ってしまいそうな宝玉に……。
「
そのとき、庭園に面している
里桃と呼ばれた男は空に向けていた腕を下ろし、つまらなそうに声の主を見る。
歳は20とまだ若いのに、不相応な落ち着きを持っている長身の男。
彼は渡殿に正座し、里桃を無表情で見ていた。
「……何だ?
興を削がれ少し不愉快に思ったのか、里桃の声には棘があった。
だが、紫苑は気にも留めずに淡々と話し出す。
「先ほど、分家筋の者から報告がありました」
「……こんな時間に? 何だ」
促すと、紫苑は僅かに口端を上げる。
その表情で、良い知らせなのだと分かった。
「鬼の住処を見つけたそうです」
「っ!」
その言葉を聞いた途端、削がれたはずの興が戻ってきたように感じた。
初めに驚き。そしてそれはすぐ喜びに変わった。
(やっと……やっとだ!)
「向かいますか?」
紫苑の声音も普段より嬉しげだ。
いや、そう聞こえるだけなのかもしれない。だが、今の里桃にはどちらでもいいことだった。
弓月型に歪ませた口で、紫苑の問いに答える。
「当然だ」
そして、もう一度夜空に浮かぶ月を見た。
(さあ、狩りの時間だ――)