澄んだ空に藍白あいじろの玉が昇る。
 熱を帯びない光の下、男が一人立っていた。
 煌々と輝く月は太陽程の力はなく儚げで、触れてしまえば薄氷のように簡単に壊れてしまいそうだと男は思った。
 だが、壊れはしない。
 例え本当に触れただけで壊れるのだとしても、第一に手が届かないのだから。
「壊したくとも触れられない。……まるで俺とあいつ等のようだな」
 見上げたまま、自嘲するように笑った。
 男が壊すモノ達――鬼。
 男の一族は代々その鬼達を討伐してきた。
 初めは帝のめいだったのだが、それも遠い昔のこと。
 今は一族の存続のためという理由の方が大きい。
 鬼を狩る“桃太郎”の一族・吉備きび
 それが男が生まれ、育ち、守るための家の名だ。
 だが、肝心の鬼が見つからない。
 いないわけではない。
 確かに鬼はこの日の本の国に存在している。
 事実、20年前に吉備の一族は鬼の一族の討伐を実行していた。
 男も、当時の事は先々代の当主から聞いている。
 そしてその20年前の討伐で落ち延びた鬼がどこかに隠れ住んでいるはずなのだが……。
 ふぅ、と軽く息を吐いた男は、感情の読み取れない目を細め地へと視線を戻した。
 現代では珍しい寝殿造りの屋敷。
 その広い庭園が男の漆黒の目にぼんやりと映った。
(鬼の居場所か……俺が考えても仕方のないことだな……)
 そう、仕方のないこと。
 男の役割は鬼を壊すことであって探すことではない。
 探すのはもっと下の者達の役目だ。
 男はその報告を待っているだけでいい。
 とはいうものの、待つという行為は酷く退屈なものだった。
 鬼を壊すためのすべは16の頃には全て身に付けた。
 それからもう2年も待ち続けている。
 元々気の長い方ではない男にとって、その年月は長すぎるものだった。
「流石にもう限界だ……」
 怒りに似た感情を瞳に宿らせ男は呟く。
 鬼を壊したいという意思が、欲に似た感情に変わっている。
 追いつめ、弱らせ、そして壊す。
 狩りとも言えるその行為を男は欲した。
 それは人としての本能か、一族の血が求めているのか。もしくはその両方か。
 何にせよ、男は鬼を壊したくて仕方がないのだ。
 男はもう一度天を仰ぐ。
 そして右腕を空へと伸ばした。
 触れれば簡単に砕け散ってしまいそうな宝玉に……。
里桃りとう様……」
 そのとき、庭園に面している渡殿わたどのから落ち着いた声が掛けられた。
 里桃と呼ばれた男は空に向けていた腕を下ろし、つまらなそうに声の主を見る。
 歳は20とまだ若いのに、不相応な落ち着きを持っている長身の男。
 彼は渡殿に正座し、里桃を無表情で見ていた。
「……何だ? 紫苑しおん
 興を削がれ少し不愉快に思ったのか、里桃の声には棘があった。
 だが、紫苑は気にも留めずに淡々と話し出す。
「先ほど、分家筋の者から報告がありました」
「……こんな時間に? 何だ」
 促すと、紫苑は僅かに口端を上げる。
 その表情で、良い知らせなのだと分かった。
「鬼の住処を見つけたそうです」
「っ!」
 その言葉を聞いた途端、削がれたはずの興が戻ってきたように感じた。
 初めに驚き。そしてそれはすぐ喜びに変わった。
(やっと……やっとだ!)
「向かいますか?」
 紫苑の声音も普段より嬉しげだ。
 いや、そう聞こえるだけなのかもしれない。だが、今の里桃にはどちらでもいいことだった。
 弓月型に歪ませた口で、紫苑の問いに答える。
「当然だ」
 そして、もう一度夜空に浮かぶ月を見た。
(さあ、狩りの時間だ――)





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