木々の間を器用に抜け、里桃は自分の別邸へと戻ってきた。
 里桃の育った本家と比べると天と地の差ほどの小さな屋敷。
 とはいえ、世間の一般家庭からすれば十分豪邸と言えた。
 造りは武家屋敷に似ているか……。だが、確か十年ほど前に現代風に改装された。
 そのためか屋敷は真新しい雰囲気をまだ残している。
 鬼の住処がこの辺りだと知らせが無ければ、これからもずっと主たる者が来ることのなかった屋敷。
 管理する者はいるためすたれてはいないが、主のいない屋敷など寂しいものだ。
 そういう意味では、この屋敷も喜んでいるのかも知れない。“桃太郎”という当主の住まいに成れたのだから。
「里桃様、どちらへ行かれていたのですか?」
 裏門から入ってきた里桃に、静かな声音が掛けられる。
 長くまっすぐな黒髪をきっちりと一本に結っている和装の男。紫苑だ。
 落ち着いた様子の紫苑は、全てを知っているかの様に見えた。だが、そんなことはない。
 彼はただ単に感情を上手く出せないだけなのだ。
 それ故誰の目からも落ち着いている様に見え、時には物事の何もかもを知っているかのように見えることがある。
 彼の本質を知っている者からすれば失笑を買いそうな印象だ。
 その本質を知っている数少ない人間の一人、里桃は意味ありげに頬笑み答えた。
「少し、宝探しをな」
「宝……ですか?」
「ああ」
 屋敷を出た原因は不法侵入者を見つけたからだが、結果として鬼を見つけた。
 宝と言うのも少しおかしいかもしれないが、ずっと待ち望んでいた獲物だ。里桃にとっては宝と大差ない。
「この辺りにそんなものありましたでしょうか?」
 里桃の言う宝が何を指すものか知らない紫苑は真面目に考え込む。
 このまま放置すれば、本気でこの辺りの宝について調べ始めかねない。
 とはいえわざわざ説明するのも面倒だ。
 放置するか何か適当な話をでっち上げるか数秒考え。
(適当な話を考えるのも面倒だな)
 結果放置することに決める。
「さあな、ただの暇つぶしだ。それより準備は出来ているのか?」
 “宝”の話を終わらせるという意味も込めて話題を変えた。
 里桃の問いに、紫苑はすぐさま頭を切り替え変わらずの無表情で「はい」と答える。
「転校の手続きは済んでおります。制服もお部屋に」
「分かった」
 それだけ言うと里桃は自室に向かう。
 そんな彼に、紫苑は何も言わずただ頭を下げ見送った。
 里桃の姿が見えなくなり、頭を上げた紫苑は一言。
「……宝?」
 余談ではあるが、奇妙なところで凝り性な彼はこの後この地の文献を読みあさることになる。





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