『朔……月の名か』
それは、今朝絡んできた男二人のうちの一人が言った言葉だ。
「私の名前は、月の名前なの……?」
素朴な疑問。だが、呟いただけだった。
それよりももっと大きな疑問が頭の中をひしめき合っている。
その最大の疑問は――。
「月鬼って、なんですか?」
聞いた瞬間、朔は後悔した。
華の顔が笑顔から驚きの表情に変わっている。
こんな表情を朔はよく見る。
自分に質問されるとは思っていなかった表情。自分なんかが何かを知ろうとするなんて思わなかった、驚きの表情。
それはいつもすぐ違う表情に変わった。目を細め、時には
それを思い出し、朔は息を飲んだ。体を強張らせ、次に来るかもしれない侮辱の言葉に身構える。
だが、華の表情は驚きから変わらない。
「もしかして貴女……何も知らないの?」
「え?」
「ご両親は、教えてくれなかったの?」
逆に聞き返してくる華に戸惑った。今まで自分のことを知ろうと質問してきた人はほとんどいなかったから。
「え、その……両親は私が五歳のときに事故で亡くなって……」
だからほとんど覚えていないと、戸惑いながら答えた。
すると華はこめかみを指で押さえ、うーんと唸り出す。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
そう思うが、とりあえず彼女は怒っている様には見えないのでそれだけは安心した。
「……これは最初からちゃんと話しておかなくちゃならないわね。どうしよう、夕食どころじゃないわ……」
華は何やら呟いている。深刻そうな彼女の顔を朔は不安気に見ていた。
「ああでも、ご飯食べて薬飲ませないと……」
一通り呟き、華は顔を上げる。そしてがしっと朔の両肩を掴んだ。
「朔……さん。今から夕食持ってくるから、まずはそれを食べてお薬飲んで」
「は、はい」
疑問よりも驚きが勝って、朔は反射的に返事をする。
「あ、でももう痛くないなら薬に頼らない方がいいか。ねえ、まだお腹痛い?」
「え?」
聞かれて、そういえば今日は朝から体の調子が悪かったのを思い出した。
まだ少し重い感じはするけど、痛みはもうない。
(あれはなんだったんだろう?)
その疑問は口にする前に華の言葉で答えが出された。
「生理痛の薬って結局ただの痛み止めだから、あまり体に良くないのよね」
「……え……?」
(せ、生理ー!?)
驚愕の事実にまず驚き、そして物凄く恥ずかしくなった。
他人より遅くてもそれほど気にしていなかった朔。いずれは来るだろうと軽く考えていた。
だが、いざ来てみると何やらえも言えぬ気恥ずかしさが感情を占める。
「ね、お腹大丈夫?」
朔の様子には気付かず、華はもう一度聞いた。
そんな彼女に朔も気を取り直し答える。
「い、今は大丈夫です。痛みはないです」
「そう、良かった。でもお薬は一応持って来るわね。また痛くなったら困るし」
そうして華は「あとは……」と少し考え、もう一つだけ朔に質問した。
「家の連絡先教えてくれる? 家の人に連絡しておかないと心配させてしまうでしょ? こっちで連絡しておくから、今日はここに泊っていくといいわ」
心が、冷めていく気がした。
家の人――引き取ってくれた伯父夫婦を思い出す。
(心配? あの人達が私の心配なんてするかな?)
確かに心配はするだろう。だがそれは普通の家族がするものとはかけ離れている。
きっと知らない他人の家に泊まると言っても、心配するのは世間体だけ。
あの家では厄介者でしかない自分のことなど、心配するような人達ではない。
学校にも登校せずこんな時間まで連絡もしていないから、心配とは違う意味できっと怒っている。
だが、だからと言って連絡しないわけにもいかないだろう。
朔は連絡しておくからという言葉に甘えることにして、家の電話番号を教えた。