「あーもう腹立つ! 何よあの人達、馬鹿にしてるわ!」
足音とともに怒りの声が聞こえてくる。
襖越しだが間違いない。華だ。
彼女は高ぶった感情のまま朔と玉兎のいる部屋の前で止まり、少し荒っぽい仕草で襖を開ける。
「待たせてごめんなさい、朔さん。……って、兄様?」
玉兎がこの部屋にいると思っていなかった華は、兄の姿に驚き、そして顔色を変える。
赤くなったり青くなったり。器用なものである。
「え、えっと。これはその……兄様がいるとは思わなくて、いつもこんな風に怒ってるわけじゃないのよ?」
「華、少し落ち着きなさい」
冷静な玉兎の言葉に、華は最終的に赤くなって小さく「はい」と呟いた。
そして襖を閉め、朔の近くに座る。
数秒微妙な沈黙が流れたが、何もなかったかのように玉兎が口を開く。
「それで? 華、話はついたのかな?」
「ええ、その話自体は早々に納得してもらえたわ」
朔は、二人は朔が今日ここに泊まる話をしているのだと思った。
けれど、続いた華の言葉に驚愕する。
「――朔さんをこの家に引き取るって話は」
「え……?」
小さく疑問の声を出したが、聞き間違いだと思った。
だって、華はさっき今日はここに泊まれば良いと言った。そう、“今日は”。
ずっとだなんて言っていない。
もしかすると伯父夫婦がもう置いておけないと言ったのかもしれない。
今日の出来事は近所の人の口などからあの人達にもある程度は伝わっているだろうから。
「でもね、あまりにもあっさりした態度だったから少し突っ込んだこと言っちゃったの。そうしたらあの人達!」
話しているうちに怒りが湧き戻ってきたのだろう。華は拳を握って声を張り上げる。
だが、朔はそんな華の様子など気にしていられる状態ではなかった。
自分のこれからのこと。ちゃんと聞いておかなければならない。
「あ、あのっ! 華さん。引き取るって、どういうことですか?」
朔は、出来る限りの声を出して質問した。
大抵のことなら聞き流して受け入れる選択肢を取る。だが、これは聞き流す訳にはいかない。理由も知らず受け入れることも出来ない。
伯父夫婦は朔をあまり良い目では見ていない。いないならいない方が良いとも思っているかもしれない。
もう置いておけないと言ったのだとしても何の不思議も無い。
だが、その代わりとしてこの家に住むなど……。
助けてもらい、良くしてもらった。これ以上世話になるのは申し訳ない。
聞かれた華は口を開けたまま数秒固まり、そしてばつの悪そうな顔になる。
「ごめんなさい。ちゃんと話してなくて……」
「落ち着いたかい、華。朔さんは何も分からなくて不安なんだ。お前も、説明をしにここに来たんだろう?」
玉兎がたしなめると、華は「ええ」と頷き朔をまっすぐに見た。
「そのことも月鬼のことも、全部話すわ」