深刻そうな華の表情に、朔も姿勢を正し聞く覚悟を決めた。
 華の表情から、今から話す事柄はいいことばかりではないと察したから。
「まず……そうね。月鬼のこと、私達の一族の話をするわ」
 そう前置きをしてから一呼吸入れ、華は話し始める。
「はるか昔、私達の祖先は月に住んでいたらしいわ。でも何らかの理由で月に住めなくなって、地球に……この日本に来たの」
 始まりが突飛過ぎて、朔は呆けそうになった。
 月鬼と、『月』の字が入っている時点で月が関係しているとは思っていたが、まさかここまで現実離れした話をされるとは思っていなかった。
 だが華の表情は真剣そのものだったから、朔はちゃんと彼女の目を見て聞き続ける。
「日本に元々いた火鬼ひおにという一族と姿が似ていたから、月から来た鬼――月鬼と名乗るようになったんですって」
 そこまで言うと、華はふっと全身から力を抜いて今までの真剣さが嘘のようにおどけて言った。
「とまあ、ここまでが月鬼の成り立ち。突拍子も無さ過ぎて私もあまり信じてはいないんだけどね」
 と、苦笑した華に朔は今度こそ呆ける。
(何だ、必ずしも本当の話なわけじゃないのね……。神話みたいなものなのかな?)
 そんな風に自己完結させようとすると、今まで黙っていた玉兎が口を出した。
「でも、この話が事実だと言う方が色々と辻褄つじつまが合うんだ」
「ま、まあそれはそうなんだけどね……」
 華が渋々といった様子で認める。
 そして「そうそう」と朔を見た。
「さっき言ってた夕食のメニューのこともそうよ。月にいたころの話として、月鬼は皆小食だったことも語り継がれているから」
「事実、今でも月鬼の一族は皆小食で肉を好まないからね」
 華の言葉に玉兎が補足する。
 そんな様子で和やかな雰囲気が流れていた。
 だが、それはすぐに一変する。
「でも真実かどうか分からない話はここまで。ここからは、実際にあった話よ」
 華の目が、再び真剣味を帯びた。同時に玉兎の目も深刻そうになる。
「月鬼の一族は当時吉備と呼ばれていた地でひっそりと暮らしていたわ。大きなことは望んでいなかった。ただその地で生きて、その地で生をまっとうしたかっただけ」
 二人の目が、辛いことを耐えるかのように半分伏せられた。
 一拍間を開け、「なのに」と華が続ける。
「人間は、それを許してはくれなかった……」
「火鬼もそうだけれど、鬼と名が付く一族は人とは違った力を持っている。それを恐れた人間は、大勢で吉備へと攻め込んだんだ」
 二人の話は、朔にとって現実味が無い。
 月から来たという先程の話よりは納得できるが、それでもずっと昔の話。目の前の二人ほどは辛い気分にはならなかった。
 でも、理解出来ないわけではない。
 明確な理由も無いのに行われた討伐。
 理不尽な侵略。
 悔しいに決まっている。
「……」
「……人間に鬼のような力は無いけれど、圧倒的に数で有利だった。月鬼の一族は、人間に滅ぼされた……」
 なかなか続きを話さない華に変わり、玉兎が感情を抑えた声で続けた。
「そのとき帝の命で人間の軍隊を指揮していた人間がいたんだ」
 次の言葉は、玉兎ではなく華が口にする。
「そいつは、後にその討伐をもとにして作られた物語からこう呼ばれるようになったわ」
 二人の声が重なる。
『“桃太郎”と――』





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