外の景色が流れて行く。
 それは徐々に、見知らぬものから見知ったものに変わっていった。
 今朝、早めに起きた朔は玉兎の運転で今まで住んでいた伯父夫婦の家に向かっていた。
 着替えなどの自分の荷物を取りに行くというのももちろんだが、何より替えの制服を取りに行かなければならない。
 昨日の一件でブレザーもシャツもスカートも、全てボロボロになっていたから。
 特にシャツは壊滅的だった。
 ボタンが弾け飛んだのであれば付け変えれば済むのだが、生憎そこは引き裂かれたところ。
 後でそれを見てよくまあこんな風に裂けるものだと思った。
 普通であれば真っ先にボタンが弾け飛ぶはずなのに、シャツの胸元は男が掴んだところがそのまま裂けていたのだ。
 どんな力の掛け方をすればこんな風になるのか……。
 朔は襲われたという事実もそっちのけで、そんなことを考えていた。
 そんなズレたことを考えられるほど落ち着けたともいうが。
 ふと顔を前に向けると、ミラー越しに玉兎と目が合う。
「っ!」
 その瞬間朔は頬を朱に染め下を向いてしまった。
 チラリと視線だけミラーに戻すと、彼の目は笑っているかのように軽く細められていた。
(は、恥ずかしい……)
 朝食後、華達と話をしたのはほんの数十分前のことだ。
 主にはこれからのこと。
 朔の部屋はそのまま最初に寝かせられていた部屋にするのだとか、家の中では基本着物を着ていて欲しいだとか。
 着物に関しては、一人で着たことが無いので無理だと言ったら華に着方は教えるからと返された。
 どうやらあの家に住んでいる他の人達が五月蝿いらしい。華もうんざりした様子で簡単に説明してくれていた。
 そしてそのときに、自分と玉兎のことも聞いた。
(婚約だなんて……)
 思い出しただけでも恥ずかしい。
『ねえ、朔さん。貴女、兄様の婚約者になってくれない?』
 唐突に、華はそう切り出した。
 朔は最初何を言われているのか分からなかった。
 当然だ。婚約者などというものは自分には全く関係のないものだと思っていたし、結婚を考える年齢でもない。
 朔は当然断ろうとしたが、朔を女鬼として狙っている者達への予防線にもなるからなどと説得されてしまった。
 当の玉兎は良いのかと聞くと、極上とも言える笑顔で『もちろん』と答えられてしまった。
 ちゃんとした返事は後でいいからとその場はそれで終わったが、朔の心はそれで終わるはずもない。
 玉兎の近くにいるとき、玉兎と目が合ったとき、どうしても意識してしまう。
 今まで特別な興味を持つような男に出会ったことも無いし、自分に興味を持ってくれた男などもいなかった。
 だから、こんな気恥ずかしいようなもどかしいような気持ちは知らない。
 どうしていいか分からなかった。
 半ば無意識に、朔は助けを求めるように隣を見た。
 そう、後部座席にはもう一人いるのだ。
 今日から朔の守護者となった、黒眼黒髪の少年・月人が。
「……」
 彼の方を見たは良いが、それはそれでまた別の緊張感が朔を襲う。
 何故なら、彼は車に乗った時から変わらない体勢で睨むように外を見つめたままだったからだ。
 憮然とした表情は不機嫌を隠そうともしていない。
(やっぱり、まだ怒ってるのかな……)
 怒らせてしまった原因を思い返し、朔は小さくため息をついた。
 月人が自分の守護者となるのを聞いたのは本当につい先ほど。車に乗り込む直前だった。
『月人には今日から貴女の守護者になってもらうことにしたから』
 何でもないことのように、華はそう言ってのけた。
 華の後ろ斜め横に付き従っていた月人の表情は、その瞬間苦虫を噛み潰したような顔になったというのに華は気付いてすらいない。
 明らかに月人本人は納得していない。
 良いのだろうかと困惑の表情を浮かべていたら、華は勘違いしたのだろう。やはり月人の表情には気付かないまま話し始めた。
『まあ、手続きがまだだから今日は学校の外から守護することしか出来ないけど、明日からはちゃんと学校内で貴女を守れるようにしておくから』
 どうやら近くで守ってもらえるのか不安がっているように見えたらしい。
 その勘違いを正そうかとも思ったが、それより気になることを聞いた様な気がした。気がしただけで、どこがどう気になるのか分からなくて少し考える。
 そうしていると華が続けて話し出した。
『同じクラスになれると良いんだけど、そればかりは学校任せだし……』
 その言葉を聞いて、何が気になっていたのか分かった。
 月人が同じ高校に入るということだ。
 黒い目は大きめで、顔の輪郭もどこか丸みを帯びている。まだ幼さのある彼の容姿は、十二、三歳にしか見えなかった。
 今度の困惑の表情には勘違いも無く気付いた華は、朔にとって衝撃の事実を口にする。
『朔、月人はこう見えて十六歳なのよ? よく間違えられるけど』
『ええ!?』
 思わず大きな声が出た。それくらい驚いた。
 だが、そんな声を出したことをすぐに後悔する。
 華を挟んだ向こう側で、月人の頬が引きつっているのが見えたから。
 ……はぁ……。
 朔はもう一度ため息をついた。
 あの瞬間、自分は月人に完全に嫌われたと思った。
 昨日華と一緒に自分を助けてくれた人。
 昨夜のうちには会えなかったから、今ちゃんとお礼を言っておきたいのだが……。
 朔の存在を拒否するような張りつめた空気を纏う月人が怖くて、結局言葉を放つことすら出来なかった。





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