伯父夫婦の家を出てから、朔はまた玉兎の車で学校へ向かおうとした。
 だが、車に乗り込む前に道端に落ちているものに気付く。
 見慣れた学校指定のカバン。昨日火鬼の男達から逃げるために放り投げたものだ。
 自分と同じで、誰からの関心も引かず丸一日このままだったのだろう。
 カバンはどうしようかと思っていたから正直助かったが、少し悲しい気分になった。
 カバンを拾って車の方に戻ろうとすると、何やら月人が外に出てきて運転席の玉兎と話をしていた。
 何を話しているのだろうと思いながら戻ると、丁度話が終わったところだったようだ。
「じゃあ、そういうことで玉兎様は帰って下さい」
「ああ、じゃあ朔さんを頼んだよ」
 そう会話を済ませると、玉兎は窓から少し頭を出して朔の方を見た。
「朔さん。僕は先に帰るけど、気を付けて行って来るんだよ?」
「え? あ、はい」
 良く分からないがとりあえず返事をした。
(先に帰る? 送ってくれるってさっきまでは言ってたけど……)
 と、月人に視線を移す。
 きっとさっき二人で話したときにそう決めたんだろうとは思ったが、どう話をつけたのかまでは分からない。
 月人が外に出ているということは彼は一緒に来てくれるのは確かだろうが……。
 少々困惑していると、月人が朔の方を見た。
 まだ不機嫌なのか目つきが悪く、睨まれたような気がして朔は小さく肩を揺らす。
 そのまま近寄られ腕を引かれた。
「え?」
「そこに立ってるとかれるぜ? こっち寄れって」
 どうやら朔は道路のど真ん中に立っていたらしい。
 月人が車道のど真ん中にいた朔を歩道側に誘導すると、玉兎はもう一度「気を付けて」と言い残し車を発進させた。
 狭い道路をゆっくりと移動する車を見送ってから、朔は月人に顔を向けた。身長が同じくらいなので顔を横に向けるだけで済む。
「あ、あの……?」
 玉兎と何を話したのか。これからどうするつもりなのか。
 予想は出来るがはっきりとは分からなくて、聞くべきかどうか迷った。
 そんな朔の思いに気付いていたかは定かではないが、月人は彼女の方を見もせず説明する。
「車で行ったってまだ早いだろ。それにいきなり車で登校とか、注目集めて恥ずかしいじゃん?」
 だから玉兎に先に帰って貰ったのだと言う。
(それって、私のことを考えて……?)
 月人の不機嫌の原因を作ってしまったのは朔だ。だと言うのに彼は自分のことを気にかけてくれている。
 驚きと、胸が詰まる思いがした。少し泣いてしまいそうになる。
「それに、話しておきたいこともあるしな……」
「え?」
 続けられた言葉に疑問の声を上げたが、月人は何も言わず歩き出してしまう。
 慌てて彼の後を追い、無言で言葉を待つ。
 だが、月人はなかなか口を開かなかった。
 話しておきたいことがあると言ったのだから月人の方から何か話し出すとは思うのだが……。
 そう思って待っていたが、やはり月人は何も話さなかった。
 そうしているうちに通学路の半分の辺りまで来てしまう。
(話さないのかな……?)
 月人が話し出すのを今か今かと待っていた朔は流石に気疲れしてきた。
 このままずっと無言でいるのも気まずくなり、朔は勇気を出して口を開く。
「あの……月人、さん」
 呼ぶと、ずっと前を見ていた月人が朔の方を見た。多少の驚きと安堵を含ませた目を向けられる。
「あ、何?」
「え? 何ってその……」
 呼んだは良いが、何を話すかちゃんと決めていなかった。
 彼の話とやらが何なのか聞くべきだろうか? だがもしかすると話し辛い内容だからなかなか話さないのではないのか?
 だとしたらこちらから聞くのもどうだろう。
 今更ながら考え、迷い、混乱した。
(とにかく何か。何か話さなくちゃ)
 そうして口をついて出てきたのは。
「あ、昨日は助けて下さって有難う御座いました」
 朝からずっと言おうと思っていた言葉だった。





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