家を出て、さほど歩いていないところに彼らはいた。
 見慣れない男が二人。一目で柄の悪い連中だと分かる。
 他の通行人も彼らを避けるようにその道の反対側を通っていた。
 危険なこと、嫌な思いをすることを避けようとするのは人としての本能だ。
 そして少女はその本能が人一倍強かった。
 無意識のうちに反対側に寄る。目を合わせないようにアスファルトを見つめ、歩幅も普段より広くする。
 関わってはいけない。関われば変なことに巻き込まれる。
 そう身を固くさせながら足早に去ろうとした。
 なのに……。
「おっと、ちょっと待てよ」
 男の一人が目の前に立ちふさがった。
 反射的に後退りすると、今度は背後にもう一人の男がいた。
 挟まれる形。逃げられない。
 生まれて16年間、こんな柄の悪い人間と関わったことのない少女はそれだけで恐怖に震えてしまう。
 だが、カバンをぎゅっと掴むことで耐えた。
「……この気配、やっぱあんたか……。あんた、名前は?」
 背後に立つ男が質問するが、少女は答えない。答えられなかった。
 どうして自分なのか。
 何が目的なのか。
 彼らが自分に絡んでくる理由が思いつかない。
 だから素直に名乗っても大丈夫なのかも分からない。
 もしかしたら、何も言わず彼らを突き飛ばして逃げた方がいいのかもしれない。
 そう思うと、質問に答えるどころか声を出すことすら出来なくなっていた。
 そして何より、彼らが怖かった。
「おい、名乗れっつってんだろ?」
 正面の男が睨みを利かせる。
 少女はビクリと肩を震わせた。
(怖い……)
 恐怖だけで涙が出そうになったのはこれが初めてかもしれない。
 でも、泣いたら泣いたで彼らはさらに不機嫌になると思った。
 だから少女は、震える唇で自分の名をかすかな声で紡ぐ。
「む、村崎 朔むらさき さく……」
 自分でも思っていたより小さな声だった。
 これでは聞こえないとまたすごまれてしまうだろうか。
 少女――朔は不安に思ったが、幸いにもその予想は外れる。
「朔……月の名か」
 背後の男が、ぽつりと呟いた。
「月の奴か!?」
 そして、正面の男がとても嬉しそうに、不敵な笑みを浮かべる。
「俺達の方の女も珍しいけど、月とはなぁ……。かなりレアなんじゃねぇ?」
「そうだな。それに月のは血の力を増幅させると聞いたことがある」
 男達は朔を挟んだまま話を進めている。
 その話の内容は全くの理解不能。
 彼らが何の話をしているのかさっぱり分からなかった。
(月? 珍しいとか、血とか……何を話してるの?)
 増える疑問は不安を増すばかり。
 男達は尚も朔を挟んだまま会話を続けるが、やはりその内容は理解出来なかった。
 この状況でどう行動するべきなのか。それを考えながら周囲を見回す。
 そして、周囲の反応に心が冷めていくのが分かった。
 さっきと変らない反応。
 関わらないように、こちらを見もせず足早に通り過ぎていく人達。
 何人かちらちらと見ている人はいても、助けようとしてくれる人間は一人もいない。
 見ただけで絡まれているというのは分かり切っている構図だと言うのに……。
(でも、当然だよね……。私でもそうするだろうし……)
 危険なこと、嫌な思いをするようなことはずっと避けてきた。
 自分で何とか出来ることならまだいい。
 でも、そうでないときは……。
 嫌な思いをしても愚痴を聞いてくれる人はいない。危険な状況になっても助けてくれる人もいない。
 両親が生きていた頃は違っていただろうが、亡くなってからはずっと一人だった。
 引き取ってくれた伯父夫婦も、自分を守ってくれる存在ではなかったから……。
 諦め。冷めた心。
 そう、朔は孤独に慣れてしまっていた。
「いいじゃん、この女俺達のにしようぜ?」
 男達の会話の焦点がまた自分に戻っていることに気付き、朔は現実に引き戻された。
(そうだ、この状況からどうにか抜け出さないと)
 気を改めた朔は正面の男に視線を戻した。
 一度冷めた心は冷静さをくれたようで、先ほどよりは怖いと思わなくなっている。
「でも、バレたら……」
 背後の男が躊躇ためらいがちに言うと、正面の男が何の前触れもなしに朔の胸倉を掴んだ。



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