その日は一日、いつもと変わりなく終わろうとしていた。
朝に感じた胸騒ぎなど気のせいだったのだと思えるくらい、本当にいつもの通り。
帰りのHRも終わり、掃除当番だったため他のクラスメートと教室の掃除を簡単に終える。
最後にじゃんけんでゴミ捨てを決めて帰るのだが……。
「……あ」
「よし、じゃあ村崎さんお願いね」
一人がそう言うと、朔を残してみんなその場から居なくなった。
今日いつもと違うところがあるとすれば、ちょっと運が悪いことくらい。
それだけだった。
……それだけのはずだった。
そのちょっとの運の悪さが、物凄く悪い運を呼び寄せるなど思うはずもなかった。
「……遠い……」
大きめのゴミ箱を抱え、朔は校舎の外れにあるゴミ捨て場に向かっていた。
ゴミ自体はいつもより少なめでそれほど重くはなかったが、何分ゴミ捨て場まで距離がある。
裏の出入り口から出ても、丁度グラウンドの横に当たる小規模な林を通り抜けなくてはいけない。
しかも一年は教室が三階のため尚更距離がある。
この道のりを帰りにまた通らなくてはいけないのだと思うと、ため息が何度も漏れた。
(本当、今日は運が悪い……)
何度となくそう思い、やっとゴミ捨て場についてゴミを捨てた。
「それにしても……ここは本当に静かだな……」
木の葉の擦れる音と、鳥の鳴き声しか聞こえない。
校舎から遠い所為か、生徒もゴミを捨てるためにしかこの場所に来ることはない。
実際今も、同じくゴミを捨てに来た生徒一人とすれ違ったくらいだ。
しばらくその静けさに身を置き休んでいた朔だが、月人を待たせているかもしれないということに気付き慌てて元来た道を辿った。
そうして林に足を踏み入れたとき、朔は異変を感じ取る。
チリン……チリン……と、聞き覚えのある鈴の音。
そして、その僅かな音色が聞こえるくらい林の中が静まりかえっていることに気付いた。
木の葉の擦れる音も、鳥の鳴き声も。何一つ聞こえない。
その静けさに、その鈴の音に。朝に感じたのと同じ胸騒ぎがした。
チリン……チリン……
鈴の音は徐々に大きくなっている。……近付いている。
「そんなはず、ない」
もはや希望ですらない思いを口にした。
もう朔自身も気付いている。この鈴の音が、あいつの持っていた鈴のものだということに……。
もうすぐそこまで来ている。間に合いそうにないが逃げるべきか。
迷っていると、頭上から小柄な人影が落ちてくる。月人だった。
「逃げろっ、つってももう間に合いそうにないか……。朔、あんたはオレの後ろにいろよ?」
戦闘態勢を取りながら、月人はそう言う。その視線は鈴の音が聞こえてくる方を見据えていた。
「分かっ、た……」
既に震え始めている声でそう告げたとき、彼の姿が視界に現れた。
チリン……チリン……
見覚えのある鈴の赤い編み紐を掴み、その鈴に導かれるように彼は朔達に近付いてくる。
昨日の恐怖を思い出し、朔は震える声で彼の名を呟いた。
「里……桃……」
彼――里桃は、獲物を狙う獣の目で笑みを浮かべていた。