里桃の姿を見た朔は、朝に感じた胸騒ぎは気のせいではなかったことを知る。
彼は昨日の学ランとは違いブレザーを着ていた。
前ボタンを全て外し着崩してはいたが、その制服は明らかにこの学校のもの。
朝クラスの女子が騒いでいた三年の転入生とは、やはり里桃のことだったのだ。
「どうやらこの鈴は、一度確認した鬼ならば居場所を教えてくれるらしい」
チリ……ン、と鈴の音が消えてしまうと周囲は静けさに包まれる。
緊迫した雰囲気がその場を支配した。
里桃は刀を持ってはいなかったが、だからと言って戦うつもりはない……というわけではなさそうだ。
実際彼の放つ気は今にも朔と月人を殺そうとしているかのように鋭かった。
突き刺さるような圧迫感に動悸が嫌に激しくなる。
このままの状態が続けばきっと気を失ってしまうだろうと思った。
「言っておくが、今日は見逃すつもりはないぞ? 村正は持ってきてはいないが、お前達を退治する方法など他にもある」
笑みを消し、少し真剣な目で里桃は宣言した。
そしてつい、と朔へ視線を向ける。
「っ!」
奥に炎を宿す鋭い瞳と目が合い、朔は思わずビクリと震えた。
そのまましばらく値踏みするような目で朔を見た里桃は、眉間に軽くしわを寄せ口を開いた。
「戦う前に聞いておきたい。……女、お前は本当に鬼か? 昨日はボロボロだったから力を使い果たしていたのかとも思ったが……。今のお前を見ても力があるように見えないが?」
「……え?」
そんなことを聞かれるとは思っていなかった朔は戸惑った。
それに、本当に鬼か? などと聞かれても困る。
朔自身自覚がないのだ。自分は鬼だ、などとはっきり言うのには躊躇いがある。
それでも里桃の射るような視線は回答を要求する。
何か言わなくてはと口を開きかけるが、言葉が出てこない。
本当に困り果てていると、月人が朔を庇うように里桃の視線の前に立った。
「朔は昨日自分が鬼だって知ったばかりだ。力だのなんだの、いきなり使えるわけねぇじゃねぇか」
戦闘態勢をとったまま、月人が朔の代わりに答える。
里桃はその答えがよほど意外だったのか、軽く目を見開き数回目蓋を瞬かせていた。
「……そういうことも、あるんだな……」
知らなかったと言わんばかりだった。
いくら月鬼の天敵の“桃太郎”だと言っても、そこまで鬼について詳しいわけではないようだ。
里桃はそのまま数秒何かを考えるように黙った後、つまらなそうな表情で朔を見た。
「仕方ない。女の方はもうしばらく見逃してやる」
その言葉には朔も月人も眉を
力が使えないなら始末しやすいのではないのだろうか?
それなのに見逃すなど、朔は里桃の考えが本気で分からなかった。おそらく月人も同じだったのだろう。
「あんた、何考えてんだ?」
朔が聞きたかったことを月人が口にした。
「今の言葉、朔が力を使えないからこそ見逃すっていう風に聞こえたけど?」
「その通りだが?」
探るように聞いた月人の言葉に、里桃はその質問をされること自体が疑問だとでも言うように返す。
月人は段々腹が立ってきたのか、ぶっきらぼうに言い募った。
「はあ!? 何だよそれ! 何考えてんのあんた!?」
月人は思っていた以上に短気のようだ。
「何って……。俺は戦いたいんだ。その上でお前達を追いつめて退治する」
「うっわー追いつめる? ナニソレ? あんた正気? 鬼畜じゃねぇ? この変態!」
「……」
エスカレートする月人の罵詈雑言に朔は呆気にとられていた。
この緊迫した空気の中、よくここまで口が回るものだ。ある意味尊敬に値する。
だが、それすらも凍りつくような声で里桃が言った。
「……黙れ」
と……。