「もういい。これ以上話すことは何もない」
ふー……と、ゆっくり息を吐いた里桃は表情を消し月人を見据える。
「女の方は見逃すが、お前は見逃すつもりはない。変態だの何だの、よく言ってくれたものだ」
表情からは読み取れないが、月人の悪態はしっかり彼の怒りを買っていたらしい。
闘いの構えを取った里桃からは、明らかに月人への殺気が放たれていた。
「やばっ。もしかして怒らせた?」
じりっと僅かに後退りしながら月人が呟く。
あれだけ言っておいて怒らせるつもりはなかったとでも言うのだろうか。
もしそうだとしたら、尊敬を通り越してただただ呆れてしまう。
「まあなにはともあれ。朔」
「え? は、はい?」
傍観していた朔は、突然呼ばれ驚きの混じった声で返事をした。
「あいつの目的はオレだけみたいだからさ、朔は離れててくれよ」
「……分かった」
里桃を相手に無事で済むのか。心配だったが、このまま側にいても出来ることはない。
むしろ足手まといになるだけだ。
朔は少し考えた後首肯し、数メートル離れた木まで後退した。
朔が離れると、里桃と月人は共に動き出す。
ただ、朔には動いたということしか分からなかった。二人とも目にも止まらぬ速さで走っていたから。
里桃は月人と違って人間のはずなのに同じような動きが出来るとは……。
やはり“桃太郎”。鬼を退治する一族だと豪語するだけある。
どうしてそんな動きが出来るのか疑問ではあったけれど、きっと幼いころからそういう訓練を受けてきたのだろうと勝手に解釈した。
目で動きを追うことは出来ないが、殴り合う音だけはしっかりと聞こえてくる。
どちらが殴っているのか、どちらが殴られているのか。それは分からない。
だからこそ不安は募る。
月人は大丈夫なのだろうか……。
トスッ
何度か殴り合う音が聞こえてきたと思ったら、今度は地面に何かが突き刺さる。
大きな針のようなもの。
これは確か月人が使っている手裏剣だ。
ということは月人は今手裏剣を武器に使っている。ならばこの殴る音は里桃が月人を攻撃している音ということか。
「そんな……」
朔は一気に顔色を変える。
月人の攻撃はほとんど外れているのだろう。その後も沢山の手裏剣が地面に突き刺さって行く。
だというのに、殴る音は幾度も聞こえてくる。
この予測が正しいのなら、月人はほぼ一方的に叩きのされていることになる。
「うそ……」
信じたくなくて呟いたが、現実は無情にも朔の目の前に現れた。
ガッという音が聞こえ、二人の動きが止まった。
組み合い、睨み合っている姿が朔の目に映る。
里桃は汗一つ掻かず、余裕さえ見える様子で手裏剣を持っている月人の手首を掴んでいた。
対する月人は、傷だらけで、所々血も滲んでいる。表情に余裕は欠片も無く、大きく肩を上下させていた。
かろうじて里桃の繰り出した拳を掌で受け止めている状態。
ほぼ、どころではない。完全に一方的に月人が押されていた。