朔の目の前で止まった里桃は彼女の顎を捕らえる。
 震えが伝わり、朔の虚勢を知ったからだろうか。彼は眉間のしわを無くし、軽く嘲笑した。
 そして、十センチほどのところまで顔を近付ける。
 間近に迫った里桃に、朔はさらに恐怖に震えた。
 もう怒っているようには見えなかったが、だからと言って安心出来る状況でもない。
 里桃がどういう行動に出るのかも分からないから、不安で尚更震えた。
 恐怖で睨むことも忘れた朔は、ただ里桃の瞳を見つめる。
 里桃はゆっくり一呼吸分ほど朔を見つめた後、喉をクッと鳴らして笑う。
「本当は怖いくせに、それでもどかないか……。そういう女は嫌いではない」
 そう言った里桃は一瞬ピリピリした雰囲気を解いた。
 緊迫した空気も軽くなった気がして、朔はその一瞬に気を取られる。
 そのため次の里桃の動きについていけなかった。
 すぐに元の様子に戻った里桃は「だが」と続けて言う。
「今の俺の相手はお前ではない。しばらく、退場していてもらおうか」
 そうして、里桃の拳が今度は朔の鳩尾を狙った。
「――っ!?」
 息を飲んだ朔は、「朔!」と叫ぶ月人の声を聞いた。
 次の瞬間、朔は自分の意志とは関係なく横に移動する。
「うっ、ぐっは!」
 うめき声が聞こえ、それが月人のものだと気付いて状況を理解した。
 朔は里桃の拳を受ける前に月人に庇われ横に押されたのだ。
 そして月人は朔の代わりに里桃の拳を脇腹に受けていた。
 防御することも出来ずまともに攻撃を受けた月人は、そのまままた地面に膝を付く。
「月人くん!」
 朔もしゃがみ込み、月人の様子を窺う。
 気絶してはいないようだ。だが、かなり効いたのか脇腹を抑え脂汗を滲ませながら顔を歪めていた。
 そんな月人を見て朔は申し訳なさでいっぱいだった。
 自分が出て来なければ……木の陰で大人しくしていればこんな風に自分を庇って痛めつけられることはなかったかもしれない。
 自分に力があれば、月人を守ることが出来たかもしれない。
 そんなことはないのかも知れないが、月人の辛そうな顔を見ると後悔しか浮かんでこなかった。
 今まで、自分に関心を持ってくれた人などいなかった。
 何かあっても、全て自分で何とかするしかなかった。
 だから知らなかった。
 自分のために、誰かが傷つくというのがこんなに辛いことだったとは……。
「ふん。わざわざ自分から当たりに来なくとも、すぐに息の根を止めてやると言うのに」
 この場で唯一立っている里桃が朔達を見下ろしながら呟いた。
 そんな非情な男を朔は見上げる。
 つまらなそうな表情。自分達の相手をするのが面倒になってきたというかのようにため息までついている。
 だが、今は昨日とは状況が違う。見逃してはくれないだろう。
 何より彼は初めに宣言していた。
 朔は見逃すが月人は見逃すつもりはない、と。
 そして里桃はその言葉通りの行動に出た。
 少し屈むと思ったら、月人の髪を掴み顔を無理やり上げさせる。
 髪が抜けんばかりの力で引かれ、月人は目も開けていられないほどの苦痛の表情を浮かべていた。
「止めて!」
 叫び、里桃の手を月人から離そうとするが片腕で簡単に払われてしまう。
 里桃は反動で尻もちを付いた朔を一瞥いちべつし、すぐに月人に冷たい眼差しを向けた。
 無表情で、止めを刺すつもりなのか今までと様子が違う。
 ゾクリと、背筋が凍るような感覚がした。
(駄目。止めて。殺さないで!)
 止めて! と、もう一度叫ぼうとしたときだった。
 シンと静まりかえっていたはずの林の向こうから、僅かだが話声が聞こえてきた。少しずつこちらに向かってきている。
 おそらく、朔と同じように教室のゴミを捨てに来た生徒だ。そうでもない限りこんなところを通る人間はそういない。
 その話声に里桃も気付いたのだろう。彼は舌打ちをし、月人の髪を離した。
「邪魔が入ったな……。やはり結界は必要か……」
 何やら呟いたと思ったら、里桃は二人を見下ろしフン、と鼻で軽く笑う。
「また命拾いしたな。だがその幸運、いつまでもつか見物だ」
 そう捨て台詞を吐くと、里桃は朔達に背を向け木々の中に消えていった。
 チチッと、小鳥のさえずりがどこからか聞こえる。いつの間にか林が普段の状態に戻っていた。
 そんな中、朔は月人が立ち上がるのを手伝いながら決意したことがあった。
 もう、華達が嫌な思いをするかもしれないなどと言っている場合ではない。
 そんなことを気にしている余裕などない。
 何が何でも、自分も鬼としての力を手に入れなくては。
 手に入れて、自分がみんなを守れるようになりたい。
 それが無理でも、みんなに迷惑をかけなくてすむくらいにはなりたい。
(帰ったら、真っ先に華に聞こう)
 鬼の力とはどういうものなのか。自分も力を扱えるのかどうかを。





本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース