林の中を里桃は奇妙な心地で歩いていた。
 鬼をとり逃がす羽目になったというのに、気分はそれほど悪くはない。
 おそらく、あの女鬼の所為だろう。
 自分を怖がっているのは明らかに見て取れた。
 それでも男鬼を守ろうと立ち塞がり、その上怖いと思っているはずの自分を睨みつけていた。
 ああいう女は嫌いではない。……征服欲を掻き立てられる。
 昨日は男鬼の方が楽しめるかと思ったが、存外女鬼の方が楽しめるかも知れない。
 ああいう鬼をこそ、追いつめ退治してみたいものだ。
 あれで鬼としての力を扱えるようになれば、さらに倒し甲斐が出てくるだろう。
 そのときを思うと、里桃は楽しみで仕方なくなった。
「何ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわね、このムッツリスケベ」
 唐突に、横の木から声が聞こえた。
 もちろん木がしゃべったわけではない。
 その木の陰にいる人物が誰か即座に分かってしまった里桃は深く息を吐く。
「もうこっちに来たのか? 瑠花るか
 名を呼ぶと、その人物は木の陰から出てきた。
 漆黒の長い髪は高い位置で一つに纏め、揉み上げだけ前に残している。
 容姿は上の下。里桃よりは劣るが、十分美人の範疇はんちゅうに入る。
 紅を差していなくても赤い唇が印象的な少女だ。
「何よその顔。仮にも婚約者に対して失礼じゃない?」
 言われて、自分がしかめっ面をしていることに初めて気付いた。
 幼馴染でもあるこの二つ下の少女には取り繕う見栄も虚勢も全て無駄になる。だから、自然と顔に感情を出してしまうようだ。
「婚約者……ねぇ」
 里桃は嘲笑とも侮蔑とも取れる表情で呟く。
 自分とこの瑠花が婚約者。何とも笑える構図だ。
「本人同士が納得していない婚約だろう? 大体何でここに居る。お前の愛しの紫苑は屋敷の方だぞ?」
 さらりと里桃は話題を変えた。婚約云々の話はしていて気分のいいものではない……お互いに。
「分かってるわよ。でも紫苑ってば蔵に籠って何か調べ物してて相手してくれないんだもの。何調べてるのか聞いても『宝が……』とか良く分からないこと言ってるし」
「……」
 話を聞きながら里桃は無表情で視線を逸らした。
 どうやら紫苑は昨日里桃が思った通りの行動をしているらしい。何とも分かりやすいことだ。
「って何視線逸らしてんの? まさかあんたまた紫苑に変なこと言ったんじゃないの?」
「いや、何も」
 淡々と答えた里桃は再び歩き出す。
 その話を詳しく話すと面倒なことになりかねない。
 逃げるが勝ちだ。
「ちょっと待ちなさいよ! やっぱり何か言ったのね!? もー止めてよ。紫苑が素直過ぎるのは分かり切ってることでしょう!?」
 だが、瑠花は五月蝿い口を盛大に動かしながら里桃を追いかけて来る。
 逃げるのは失敗に終わった。
(仕方がない。話題を変えるしかないか)
 うんざりとした気分でそう思った里桃は、全く別の話題を振る。
「そういえば、お前は結界を張れたな?」
「ぅえ? あ、うん。張れるけど……?」
 突然切り出された質問に瑠花は面喰らいつつ答えた。
 紫苑ほどではないが瑠花も素直な方だ。どんな状況でも質問されれば答えようとする。
 そうして話しているうちに、初めに話していたことを忘れる。
 口うるさいのは難点だが、まだ扱いやすい部類の人間である。
「では、次は頼むことにしよう」
「?」
 キョトンとした瑠花は初め里桃が何を言っているのか分からない様子だった。
 だが、思いの外頭が回る彼女は見る間に驚きと怒りを表情に浮かべる。
「次って……。既に結界が必要な事態になってるってことよね? てことはもう鬼を見つけたの? しかも既に一回は戦ったりしたってことよね?」
「……」
 里桃は無言で歩きながら、この話題もまずかったか? と自問していた。
「あんた、鬼を見つけたんだったら本家にちゃんと報告しなさいよ! “桃太郎”だけで戦うなって言われてるでしょう!? ちゃんとお供の三人も一緒にって!」
 そのお供が嫌だから一人で鬼と対峙したのだが、言っても聞かないだろう。寧ろ怒らせる要因になりかねない。
 だから里桃は無言のまま歩き続けるしかなかった。
 だが、無言でいれば無言でいたで瑠花の口は止まらない。
「その様子じゃあ紫苑にも言ってないんでしょう? 言ってたら紫苑が報告くれるものね。屋敷に帰ったらちゃんと言うのよ? さっさとりょうも呼び寄せなきゃ」
「……涼か」
 その名前にため息をつく。
 この瑠花も相当うんざりする存在だが、涼に比べればまだ良い方だ。
 瑠花は里桃を嫌ってはいるが、それは本人の意思をまるで無視した婚約が大半の理由だ。それさえなければ、好きということは無いがここまで嫌うことも無かっただろう。
 だが涼は里桃の存在そのものを嫌っている。……いや、寧ろ憎んでいると言ってもいいかもしれない。
 そのため、いつも里桃の邪魔をしてくる。ときには本気で命を狙ってくることもあった。
 そんな人間を好きになれと言う方が無理というもの。里桃の涼嫌いは当然のものだ。
「とにかく、帰ったらちゃんと話して貰うからね!」
 年下だと言うのに姉のような口調で言い切った瑠花に、里桃は僅かに頭痛を覚えながらまた一つため息をついた。





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