少々恥ずかしいハプニングはあったが、その日から朔はその道場で力の扱い方を華に教えて貰うことになった。
ときには玉兎も一緒に教えてくれたが、彼がいると必ずと言っていいほど華がからかってくるので身にならない。
月人は教えてくれないのかと聞いてみると、華に彼は力そのものが違うから教えようにも教えられないだろうと説明された。
それに、玉兎に遠慮しているだろうからとも……。
朔自身はまだ玉兎の婚約者になると決めた訳ではなかったが、そうなるかもしれないということで二人の邪魔になるようなことはしないだろう、と。
言われてみれば、学校に居る間は出来る限り近くにいて朔を守ってくれている月人だが、家にいるときは姿を見るのすら珍しい。
家に帰ればすぐに華が絡んできてほぼ二人でいるから気にならなかったが、そう言うことだったのか。
一方、学校生活は以前里桃に襲われたのが嘘だったかのように平凡に過ぎている。……表面上は、だが。
里桃本人は、こちらが警戒して顔を合わせない様にしていることもあり、あの日から一度も見ていない。
だが、だからといって何も無かった訳ではなかった。
あの日の翌日。月人が転入した日でもあるが、その日は月人の他にもう一人転入生がいた。
朔と同じクラスになったもう一人の転入生は女の子だった。長い黒髪をポニーテールに結い上げた
可愛いと綺麗の中間の様な、いたって普通の女の子に見えた。
でも、その名前を聞いた瞬間朔は思わず身を強張らせた。
彼女は、吉備 瑠花と名乗った……。
今、この時期の転入。そして里桃と同じ“吉備”の姓。
明らかに里桃の――“桃太郎”の関係者だ。
月人はもちろん華や玉兎にも話すと、みんなそれ以外に考えられないと口をそろえて言った。
それから学校では特に警戒を深めたのだが、“桃太郎”側から何かを仕掛けてくる様子は欠片も無い。
朔のクラスに転入してきた瑠花でさえ、朔にちょっかいを出してくることは無かった。
たまに見られている様な気はするが本当にそれだけで、今もまだ朔は彼女と話すらしたことが無い。
このままずっと何事も無いということは有り得ないだろうが、当分はこの状況が続きそうに思える。
もしかすると、以前里桃が言った通り朔が力を使えるようになるまで待っているのかも知れない。
ただ、それはそれで疑問は残る。
朔の場合はそうだとしても、月人まで見逃されている理由が分からない。
実際、里桃は以前朔の目の前で月人だけを殺そうとしたのだ。邪魔さえ入らなければ、本当に殺されていた。
次こそは邪魔の入らなそうな場所で月人だけを狙うことも出来たはず。だが、彼等はそれをしない。
何故なのか。考えても答えは出るはずが無かった。
結局、今まで通り警戒を深めながら“桃太郎”側の出方を見るしかないということだ。
それが分かってから、尚更朔は早く結界を張れるようにと道場に通い詰めるようになった。
そうして、二週間ほど経ったのだが……。