「ど、どう?」
道場の中央に正座した朔は、自信なさげな声で目の前の華に聞いた。
「…………」
沈黙が痛い。
華は無表情のまま右手を朔の方へ伸ばした。
その手は何に阻まれることなく、朔の頬に触れる。
(また駄目か……)
朔は眉を落とし、落胆の表情を見せた。
「駄目ね。全然張れてないわ……」
華は呆れているかのように小さく息を吐く。
そんな華を付き合わせている朔は申し訳なくてさらに落ち込んでしまった。
結界の張り方を説明してもらい、実際に何度もやってみた。
だが、コツなども色々教えて貰ったが、今のように結界の『け』の字すら表れてくれない。
「力があるのは確かなのに……。どうしてかしら?」
不思議そうに華は眉を寄せる。
そのまま朔がいつまで経っても結界を張れない理由を考えているようだった。
(どうして、か……。私が知りたいわ)
嘆息した朔は困り果てた。
ちゃんと教えられた通りにやっている……と自分では思う。
集中し、自分の中の力を感じ取る。それが出来たらあとは結界のイメージを思い浮かべるだけ。
集中の仕方とか、どんな結界のイメージが作り易いかとか、事細かに教えて貰ったというのにこの有様だ。
原因があるとすれば自分の中の力を感じ取るところだが……。
(あれで、合っていると思うんだけれど……)
集中すると、自分の内に靄に包まれた塊があるように感じる。
他にそれらしきものを感じることが出来なかったからそれが自分の“力”で合っているのだと思う。
だが、本当にそれが朔の力なのかは分からない。
自分で感じるだけのものだから、華にこれで合っているのかと聞いたところで分かるわけがないのだ。
(でもやっぱり他にはそれらしいもの感じないし……合ってるわよね……)
だが、そうなると何が原因なのかさっぱりだ。朔はまたため息をつく。
「……仕方ないわ。とりあえず今日はこれくらいにしておきましょう」
「え?」
華が困り笑顔で口にした言葉に、朔は驚き困惑した。
今日はまだ始めたばかりだ。
いつもは少なくても夕食の時間まで道場に籠って練習を繰り返している。だが、今は夕食の時間までまだ二時間はあった。
今日の練習を終わらせるのには早すぎる。
もしかして、いつまで経っても全く結界を張れない朔に呆れて、付き合いきれなくなったのだろうか。
常に朔に対して優しい華だったが、これほど結果が出ないのだからそう思っても仕方のないことかもしれない。
「根を詰めても仕方がないわ。練習のしすぎで集中しにくくなってるのかもしれないし、今日は休みの日ってことにしましょう?」
華の提案に朔は少し考え込んだ。
華の言うことはもっともだ。この二週間、学校から帰って来ると夕食とお風呂以外の時間はずっと道場で練習している。
休みの日も変わらない。
たまに一息入れたら? と玉兎が茶菓子を持ってきたりするので休憩はするが、それ以外は延々集中とイメージを繰り返している。
だが、朔には練習を休もうという華の提案を受け入れ難くも思う。
目の前で里桃に痛めつけられている月人。
そしてその近くに居るのに何も出来ない自分。
あんな思いは二度としたくない。
そのために練習を繰り返しているのだ。休んでいる暇は無い。
「朔、少しは自分のことも考えて」
なかなか提案を受け入れない朔に、華は口調を強めて言った。
「守られてばかりじゃいられない。自分も何か力になりたい。そう思う気持ちは分かるわ。でも休むことも大事なのよ? このまま練習を繰り返しても結果は変わりないと思うし、休むことで別の方向から解決策が見えてくることもあるはずよ?」
最後の方は子供に言い聞かせるように、強く優しい口調だった。
その話し方に、華は本当に自分のことを思って言ってくれているのだと気付く。
先程、自分に付き合いきれなくて今日は終わりにしようなどと言ったのだと思ったことを恥ずかしく思う。
そして、そんな華にちゃんと応えてあげたいとも思った。
「……うん、分かったわ。ごめんなさい、有難う」
申し訳なさそうに微笑んだ朔に、華は「どうして謝るのよ」と苦笑していた。
そして、いつもの優しく明るい笑顔になる。
「さ、そうと決まったら今日は何しましょうか? 朔、何かしたいことはある?」