「両親とも引き離されて、訳も分からないまま父様の所へ来たらしいわ。……ただ、力の強い血を残すために」
 力の強い血を残す。それはつまり、子を産ませるということ。
 たった十五の少女に何て事を求めるのだろう。
「その少女が、父様が変わる原因になったの」
 華のはっきりとした言い方に朔は何とも言えない気分になる。
 華の父親の気が触れた話をしようとしていたのだから初めに話したその少女が関わっているのは当然なのだが、たった十五の少女の何が一人の男を変えたのか思いも付かなかった。
 分からないので、ただ無言で華の話に耳を傾ける。
「その頃、父様には既に妻がいたわ。そして、産まれたばかりの子供も……」
「……あ」
 言われて初めて気付いた。
 そうだ、華の兄である玉兎は今年の四月に既に二十歳になっていると聞いた。ならば二十年前にはとうに産まれているはずなのだ。
「でも、その妻――私達の母親は黒眼黒髪のごく普通の力しか備えていない月鬼だった。だからその少女が現れたとき、一族のほとんどの者が少女を長の正妻にと望んだわ。私の母を妾にして、たった十五の少女を十も離れた父様の妻にと」
 そこまで言い、華は視線を落とし唇を噛む。
 十五の少女を歳の離れた男の妻にして、子を産ませようとする一族に腹を立てているのか。
 それとも、その少女を正妻にするために自分の母親を妾におとしめようとしたこと自体に怒っているのか。
 どちらなのか朔には測りかねた。だが、ただならぬ思いでいることはその表情を見れば明確だった。
(華……)
 朔には、何も言ってやることが出来ない。掛ける言葉が見つからず、やはり黙って聞くのみ。
 やがて華は視線を床に落としたまま話を再開させた。
「そして何より、父様も大乗り気だったらしいわ」
 さらに衝撃的な言葉を口にしているというのに、華は皮肉げに笑う。
「父様と母様は恋愛結婚だったというのに、父様は稀な力強き女鬼を見て魅せられてしまった。強い子孫を残すという生き物の本能に、人として――鬼としての理性が負けてしまったのよ」
 嘲笑を浮かべながら話す華。
 その様子に朔は僅かに身震いしてしまう。
 ……少し、怖かった。
 だが、その表情がふと憐れむ様なものに変わる。
「でもね、丁度その頃“桃太郎”が襲ってきた。父様も先代の“桃太郎”と戦ったわ。何人もの犠牲者が出てしまったけど、父様は“桃太郎”に勝った」
「犠牲者……?」
 まさかと思い小さく口にする。
 もしかして、その少女も犠牲者の中に入っているのでは……と。
 だが、続けた華の言葉は朔の考えとは全く違うものだった。
「でも、そのときの混乱でその少女の行方が分からなくなったの。犠牲者の中にはいなかった。でも、彼女の強い気配も感じられない。どこに居るのかと鬼の一族総出で調べ探したわ」
 一度そこで言葉を切った華は、また小さく嘲笑を浮かべる。
「そして知った。少女は“桃太郎”の討伐の混乱に乗じて一族から逃げ出したのだと。しかも、人間の男と一緒に。そして結界の力を応用して自分の気配をも消していた」
 女鬼の力は三種類の結界の力。華は以前そう話した。
 だが、その少女はそれらの力を応用し別の用途の結界を編み出してしまったのだ。
「当時彼女の力を上回る女鬼はいなかったわ。そして男鬼には結界を感知する力は無い。少女は、永遠に見つけられなくなってしまった」
 そこまで話して落ち着いたのか、華は普段の表情に戻っていた。
「そして、一度本能に負けてしまった父様は目的を失って徐々に狂っていった。……母様が今でも生きて父様を支えていたら違っていたかも知れないけれど、母様は私を産んですぐに亡くなってしまったから……」
「……」
 華が最後まで話し終えると沈黙が落ちた。
 当事者でない朔には、安易な感想すら口にすることが躊躇われる。
 それでも何か言わなくてはと考えるが、やはり何も浮かばない。
 結局、重い沈黙だけが漂った。
 そして、その沈黙を破ったのは華だった。真剣な眼差しを朔に向ける。
「朔、どうしてこんな話をしたのか分かる?」
「……え?」
 華が自分に聞いて欲しいと思って話し出したのだというのはなんとなく分かる。
 でも、その理由が何なのかなんて考えてもいなかった。
「今話した少女の話。これは貴女にも言えることなのよ?」
「え……?」
 朔は目を見開いて驚く。
「貴重な女鬼の中でも稀な胡桃色の髪と茶の瞳。今は貴女一人というわけではないけれど、私と貴女、たった二人しかいない。一族の者たちは、強い血を残すために貴女に好きでも無い男鬼を宛がう気でいるわ。しかも、一人ではなく何人も……」
 華の説明に、ゾワリと嫌悪の震えが起こった。
 その説明からすると、一族の者達は朔を子供を産む道具としか思っていないようではないか。
「貴女をこの家に連れてきたのは私なのに、今まで話していなくてごめんなさい。でも、ちゃんとそうならない様にすることも考えてはいるのよ?」
 本当に、本当に申し訳ないといった表情で華は言う。
 でも、朔は腹を立てたりはしなかった。
 確かにそのような危険があるということを今まで話してくれなかったのは少し悔しい気はするが、以前話していたようにあのまま伯父夫婦の下に居てもさらに危険なだけだったろうから。
 それにちゃんとその対策も考えていてくれているのだと言う。ならば、腹を立てる程のことではない。
「その考えって?」
 聞き返すように促すと、華は真っすぐ朔の目を見た。
「兄様との婚約よ。兄様は見ての通り力の強い男鬼。しかも長の息子よ。兄様と婚約すれば、他の者達は貴女に手を出しにくくなる」
 朔は驚いたが、心のどこかで納得もした。
 どうして婚約なんて話が出てくるのか不思議だった。
 自分を狙う者達の予防線になるとは聞いていたけれど、これほどのことだとは思っていなかった。
 だが、今の説明を聞き、そういうことだったのかと思う。
「だから朔、早く兄様にちゃんとした返事をして。まだ余裕はあるから今すぐにとは言わないわ。でも、出来る限り早く返事をして欲しいの」
「華……」
 真剣な、切羽詰まるような華に、朔は何も言うことが出来なかった。





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