その夜、朔はなかなか寝付けずにいた。
頭の中では昼に華から聞いた話が延々と巡っている。
たった十五の少女を強い力を持つ子を産ませるためだけに好きでもない男の妻にしようとした。
そしてそのために、本来の妻であった人を妾……つまり愛人にしてしまう。
この月鬼の一族は、そんな闇を孕んでいるのだ。
華や玉兎が優しいから知らなかった。いや、知ろうとしなかっただけかもしれない。
家の中では常に和服で無ければいけなかったり、華と玉兎の微妙な兄妹関係……お家事情。それらを知って、複雑な問題があることは予測出来ていた。
予測出来ていたのに、考えなかったのは自分だ。聞かなかったのも、自分だ。
聞いてもすぐには答えてくれなかったかも知れないが、今となってはそれもただの言い訳にしかならない。
もっと早く聞けば良かったのか。
それとも、いずれ話してくれるときのために覚悟をしておくべきだったのか。
聞いてしまった今は、ただショックだった。
華と玉兎、そして月人が守ってくれるから……三人とも優しいから……。だから、月鬼そのものが自分には優しいものなのだと勘違いしていたのかもしれない。
華に会うまで、自分に関心を持ってくれた人などいなかった。優しくしてくれた人などいなかった。
だからこそ、知っていたはずなのに。
人は、誰もが優しい訳ではないことを。本当に優しい人の方が少ないのだということを……。
知っていたのに、華達の存在が奇跡と言えるほどに嬉しくて忘れてしまっていた。
「……はぁ……」
天井を見つめながら、朔は深くため息をついた。
後悔しても仕方がないことは分かっているが、どうしても色々考えてしまう。
(明日も学校なのに……)
早く寝なきゃ。と思えば思うほど尚更寝付けなくなった。
「……ホットミルクでも飲めば寝れるかな……」
あまりにも寝付けないので、そんなことを考える。
でも、確かにホットミルクを飲めば少しは落ち着けるかもしれない。
朔は起き上がり、台所に行くことにした。
だが、部屋を出て廊下を歩いていると誰かがこちらに歩いてくるのに気付いた。
暗闇に白い着物が浮かび上がって一瞬幽霊かと思い驚いたが、白い着物は着物下着だ。パジャマ代わりに、この家の人なら誰でも着ている。
朔自身も着ているので、相手から見たら自分も幽霊に見えるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、こちらに向かって来ていた人影が近付く。
(……誰?)
それこそ幽霊のようにふらふらと歩いているその人は、朔の知っている三人の内の誰でもなかった。
男の人。
顔は俯いていたのでよく分からなかったが、どことなく玉兎に似ていると思った。
(もしかして、華と玉兎さんのお父さん?)
考え、そうかもしれないと思う。
彼の歩き方はどこか目的があってそうしていると言うより、ただ家の中を徘徊していると言った様子だ。
気が触れているという華の言葉通りなら、その方が
「……」
これは、どうしたらいいのだろう。
華は自分を父親に会わせたくない様だった。
でも、彼の方はまだ朔に気付いた様子はないが、こうして向き合ってしまった以上このまま無視するわけにもいかない。
何より、本当に気が触れて徘徊しているのなら部屋に戻るよう促した方がいいのではないだろうか。
そんな風に迷っているうちに、彼は朔の目の前に来た。
「ん? 君は……」
流石にここまで近付くと朔の存在に気付いたらしく、虚ろな目のまま視線を向けて来る。
「あ、私は――」
まずは名乗るべきかと答えようとしたが、朔はその続きが言えなかった。
彼の目が朔を見た途端意思を持ち、そして驚いたように見開かれたからだ。