目蓋を上げると、白い正方形のタイルが並んで見えた。
 それが天井で、自分は今横になっているのだと理解するのに少し時間が掛かる。
(ここ……どこ?)
 自分が何故横になっているのか。その経緯を考えれば容易に想像がつくものだが、この部屋にあまりお世話になったことが無い朔はすぐには分からなかった。
 視線を天井よりもっと下の方へ移動させる。
 朔の周りを囲う様に鉄パイプがあり、その鉄パイプのすぐ下に白いカーテンが下げられている。
 その光景を見て、朔はやっとここが保健室だと知った。
 二時限目が終わった後、次の授業のため教室を移動しようと席を立ったとき目眩がしたのを覚えている。
 そのあとのことは覚えていないからおそらくそのまま倒れたのだろう。
(でも、誰がここまで運んでくれたの……?)
 一年の教室は三階。そしてこの保健室は一階にある。
 その長い距離を一体誰が運んでくれたというのか。
 一番可能性があるのはクラスメートだが、いつも朔に大して関心を示さない彼等がわざわざ運んでくれたかと思うとどうもしっくりしない。
 とはいえ考えても分かるわけがないので、とりあえず起き上がろうとした。気を失ってからどれくらい経ったのか、時間が知りたい。
 だが、ベッドに肘をつき頭を上げた所でクラリと軽い目眩がした。
 そのままの姿勢も辛かったため、ポスンと音を立てて枕に頭を置く。
 どうやらまだ本調子ではなかったらしい。
「あら? 起きたの?」
 カーテンの向こう側から少し甲高い声が聞こえた。
 そのすぐ後に、カーテンを開け白衣を着た中年の女性が現れる。髪をお団子にして纏め、少しふくよかな体格の彼女は見ての通り保健室の先生だ。
 朔は気付かなかったが、ずっとカーテンを挟んで向こう側に居たようだ。物音に気付いて声を掛けたのだろう。
「あ、先生……」
 反射的にまた体を起こそうとした朔は、今度は目眩がする前に頭を枕に押さえ付けられてしまう。
「駄目よ。まだ寝てなさい。貴女倒れたのよ? 貧血とかよくなる方?」
 質問しながら手首の脈を測る先生に朔は頭だけを彼女に向けて「いいえ」と答えた。
 目眩を起こすことはたまにあったが、今日のように倒れたことは無い。ましてや血の気が引くようなあの感覚は初めてのものだった。
「じゃあ低血圧で一時的に貧血に似た状態になったのかしらね……」
 独り言のように呟いた先生は朔の手首を離し布団の中に入れ、肩まで布団を掛け直してくれる。
「とりあえずお昼までは寝てなさい」
 そう言い残し立ち去ろうとする先生に、朔は遠慮がちに声を掛けた。
「あの……、私を運んで来てくれたのって……?」
 聞くべきかどうか少し悩んだが、三階からここまで運んでくれたのだ。やはりちゃんとお礼を言っておきたい。
 朔の質問に立ち去ろうとしていた先生は何故か嬉々とした表情になり、わざわざ椅子を引き寄せベッド脇に座って話し始めた。
「貴女を運んで来た子? 名前は分からないけど、身長の低い男の子だったわよ」
 『身長の低い男の子』というところでピンとくる。というか、思い当たるのは彼しかいない。
「顔立ちも幼かったから初めは小学生かと思っちゃったわ」
 そこまで聞いて確証を持った。
(やっぱり月人だ)
 月人のクラスは離れているというのに、わざわざ来てくれたのだろうか。
 何にしてもまた助けられた。
 感謝の思いの反面、申し訳ない気持ちがじわじわと胸に広がる。
 こんな些細なことでも助けてくれる月人に、迷惑を掛けているんじゃないかと落ち込みそうになる。
 その感情を止めたのは、朔の真横でニマニマと笑みを浮かべている先生だ。
「その子ねぇ、貴女のことお姫様抱っこしてここまで運んで来たのよ。小さいのに結構力があるのねぇ」
「え……」
(お姫様抱っこ……? 三階の教室からここまで、ずっと……?)
 想像してしまい、朔は一気に顔を赤くしてしまう。
 あの時間は授業と授業の間休憩。朔のクラス同様教室を移動するクラスもあっただろう。
 階段を降りるときには二年や三年もいただろうし……。
 つまり、朔が月人にお姫様抱っこされている姿は結構な人数が目撃したということだ。
(は、恥ずかしい……!)
 そのときは意識が無かったし、どんな様子だったのか知る事は出来ない。
 だが、だからこそ気になって恥ずかしかった。
 いくら朔に関心を持たない生徒達でも、流石にそんな状況となれば気にするだろう。
 もしかすると、変にはやし立てた生徒もいるかもしれない。
(月人に、本当に迷惑掛けたかも……)
 未だにその時の様子がどんなだったのかを話している先生の言葉を聞き流し、朔は布団を手繰り寄せ口元辺りまで引き上げた。
 本当なら隠れるように頭から被りたかったが、そんなことをしたらすぐに先生の手によって元に戻されるだろうから表情を隠すのに留める。
(本当に。ちゃんと後でお礼言わないと)
 尚更迷惑を掛けたかも知れないと思った朔は、忘れないようにそう心に刻み付けた。
 そうしていると、話していた先生がはたと何かに気付いて言葉を止める。
 見ると腕時計で時間を確かめているようだ。
「あらやだ、これから用事があるんだったわ」
 そう言って慌てて立ち上がった先生はすぐに朔から離れて行った。
 だがカーテンの辺りで立ち止まり振り返る。
「あ、私しばらく保健室留守にするわ。職員室にいるから、何かあったら呼んで頂戴」
 言い残すと先生は今度こそ振り返りもせず保健室を出て行く。
 甲高い先生の声が聞こえなくなって、保健室はシンと静まりかえった。
 突然静かになって寂しい気分にもなったが、これでゆっくり休めるというものだ。
 朔は先生の言い付けどおりお昼まで休むことにする。
 寝不足でもあったので、目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。
 気になる事、考えることは色々あったが、今はただ体を休めたい。
 朔は何も考えず安らぎを求めた。





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