(半人、半鬼……)
 朔は驚く半面、心の中ではやけにあっさり納得していた。
 鬼に勝る程の力を持ちながら人の味方をする。人でありながら人ではない半人半鬼ならば説明はつく。
「吉備家は元々、姓すら与えられない平民の家だった。だが、長年強さに固執し、強き者を追い求め、強い子孫を残していった」
 涼は朔の襟元から取ったネクタイを、片手で固定していた彼女の両手首に回しながら昔話を語るように淡々と話し出した。
「鉄をも斬る事が出来る剣豪がいると聞けばその男の娘を嫁に貰い、弓の名手がいてそれが女なら本人を……。そうやって強いとされる者達の血を一族に取り込み続けた。……ときには強奪してでもな」
 身じろぎ抵抗を続けながら涼の話を聞き流す。話の内容が全く気にならないというわけではなかったが、彼がネクタイで朔の手首を縛ろうとしていることに気付きそれどころではなくなった。
 これ以上身動きを取れない状況になるのは何としても避けたい。
 朔は必死の思いで体を捻った。
「っと、お前もうちょっと大人しく出来ねぇのか? ……とにかく、そうやって強さを手に入れた一族は不思議な力と人間を上回る身体能力を有している月鬼にも目をつけた」
 今まで以上に暴れ出した朔にも、涼は一言文句をつけただけで話を続ける。どうやら全く堪えていないらしい。
 手首を縛る邪魔すら出来ていないのかと絶望に似た気持ちが胸に広がるが、だからと言って抵抗を止めるわけにもいかず朔は身を捻り続けた。
「そうして奪ってきた月鬼の女との間に生まれた子は、半分しか血の繋がっていないはずの月鬼の力を凌駕した。そいつが帝にまで力を認められ、月鬼を退治し吉備の姓と地位を手に入れたってわけだ」
 淡々と話し続ける涼に、最早無意味である抵抗をし続けている朔は泣きたくなる。
 無駄なことをしているという自覚はある。だが、助かりたい。無様に足掻いてでも逃げ出したかった。
 どうにもならないことに対して癇癪を起すように泣き喚きたくなるが、何とかそれだけは耐える。
 そうしているうちに、赤いネクタイは本来とは違った用途で手首を縛りつけた。しかもその位置から動かせないようにネクタイの先がパイプ状のベッドボードに括りつけられている。
 試しに引っ張ってみると、どうやら引くと締め付けるよう結んだらしく手首を痛めるだけだった。
 朔の腕を押さえ付けている必要が無くなった涼は自由になった両の手をベッドにつき、泣きそうになりながらもそれを耐える少女の顔を覗き込む。
 二人分の重さにベッドがギシリと鳴り、涼の長めの髪が僅かに朔の頬を撫でた。
 その感覚に嫌悪感が湧き、近付く不敵な笑みに恐怖が増した。
「……さてと、俺が何でこんな話ししたか分かるか?」
「……」
 涼の質問に、彼を睨む朔は黙る。
 話していた内容はなんとなく分かる。だが、逃げることに必死だったため細部までは分からない。
 ちゃんと聞いてなかったなどと言える状況でもなく、結果朔は黙るしかなかった。
「おいおい、ちゃんと聞いてたか? 吉備家は何らかの“強さ”を持つ血筋の女を受け入れ続け、力をつけて行ったって話だぜ?」
 呆れてもう一度簡単に説明してきた涼に、朔はそんな話だったかな? と頭に疑問符を浮かべる。――細部までどころかほとんど聞いていなかったようだ。
「そして、月鬼の女の血は他の種族の力を強めることが出来るって話だ」
 いきなりワントーン低くなった声にギクリとする。
 改めて間近に迫った涼の目を見ると、奥にほの暗い影が見える。不穏な影は、朔に生理的な恐怖を与えた。
 この男は自分に何をするつもりなのか。
 改めて考え、本能的に死の危険がないことは分かった。涼からはまるで殺意を感じない。
 ではこの恐怖は何なのか。
 状況と涼の話の内容でなんとなくは分かりそうなものだが、先程から逃げることしか考えていなかった朔の頭にはそれを考える力は働かなかった。
「ったく、鈍いな。ここまで言っても気付かねぇのか?」
 そう呆れのため息をついた涼は朔の耳元に唇を寄せる。
 反対側の首筋を涼の手がなぞり、ゾワリと肌が粟立あわだった。
「さっき、俺は次代“桃太郎”の父親となる男だって名乗ったよな?」
 息が直接耳にかかり、嫌悪が増す。
「――っ!」
 泣きたくなるのを声を殺すことで耐えた。
「月鬼の女との間に子を作ればその子供は次代の“桃太郎”に確実になれる。そして月鬼の女をはらませた男が次代“桃太郎”の父親だ」
 ここまで言われれば涼が何をしたいのか嫌でも分かった。そして今の状況が何を意味するのかも。
 これからされるであろうことを考え、朔の視界がじわりと歪む。流石にもう涙を堪えることが出来なくなっていた。
 今からでも何とか逃げられないか。考えたが、それが絶望的であることを思い知っただけだった。
「なあ、朔?」
 顔を上げた涼は、また間近に少女を見て微笑む。
 とろける様な優しい微笑みだが、目だけが暗く濁っていた。
 そして、睦言むつごとのように甘く絶望を囁く。
「俺の子を産んでくれ」
 願いであるはずのその言葉は、朔の意志など求めてはいなかった。





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