ガラッと、保健室の扉が開く音。
 誰が入って来たのかは見えなかったが、聞き覚えのある鈴の音がそれが誰かを物語っていた。
 チリン……チリン……と、鈴の音が近付いてくる。
 ベッドの周りを囲うように仕切っていたカーテンがシャッと開かれ、鈴の音が止んだ。
「……犬はやっぱり鼻が効くみてぇだな」
 クッと喉を鳴らし、涼が来訪者を振り見た。そのおかげで遮るものが無くなり、朔にも来訪者の姿が見える。
 そこには、予想していた通りの人物がいた。
「今は犬じゃない。今の犬は紫苑だ」
 その来訪者・里桃は酷く真面目な口調で答える。そして「だが」と続けた。
「お前は猿らしい・・・かもな、涼。主人の獲物に手を出すとは、手癖の悪い猿だ」
「はっ! 言ってくれるぜ」
 声を上げて笑う涼を里桃は静かに睨みつける。そして怒っているのか、低い声がその口から出た。
「何のつもりだ、涼。そいつはいずれ俺が殺すつもりの鬼だ。お前は一体そいつに何をしようとしている?」
「何のつもりだって? 見て分からねぇのかよ?」
「分かるさ。だから聞いてるんだ、何のつもりかとな」
 そこで二人は睨み合う。
 身動きが取れない状態の朔は、張りつめた空気に身を強張らせた。
 一体この状況は何なのだろう?
 仲間であるはずの里桃と涼が険悪な雰囲気で睨み合っている。その様子は“仲が悪い”という程度のものではなかった。互いの視線には殺意に似た感情が見え隠れしている。
 その様子から察するに、里桃は涼の行動を止めに来たと思われる。少なくとも加勢しに来たわけではなさそうだった。
 だが、だからと言って朔を助けにきたわけではないだろう。
 里桃の登場は自分にとって吉と出るか凶と出るか。それを推し量りながら、朔は息を飲んで二人を見つめていた。
「……里桃、お前こいつを殺すって言ったよな?」
 睨み合いながら、先に口を開いたのは涼の方だった。
「……ああ、言ったが?」
「殺すなんてもったいねぇよ。殺すくらいなら俺が貰う。こいつには俺の子を産んでもらう」
「子を? はっ! 気でも触れたか? 鬼の子を作るとは――」
「やっぱりお前は知らなかったんだな」
 嘲る里桃の言葉を遮り、涼は薄く笑みを浮かべ告げた。
 その言葉に里桃はあからさまに眉を顰める。その目には僅かながらの動揺があった。
 そんな二人を見ている朔自身も、どういうことなのか良く分からなくて動揺する。
 今の会話を聞いた限りでは、月鬼の女が他族の力を強くすることを里桃は知らないようだった。“部下”という位置づけだと思われる涼が知っていて主人であるはずの里桃が知らないとは……。
「知らない? 俺が何を知らないというんだ?」
 動揺を押し込め、里桃は睨みを利かせた。だが、涼はそれを軽く受け流す。
「俺が教えてやる義理はねぇ。自分で調べろよ」
 そうして涼は朔の上から降りた。そのままベッドからも降り、僅かに朔に視線を向ける。
「邪魔が入ったからな。今日はここまでにしといてやるよ」
 そう言って浮かべた笑顔に、朔は鳥肌を立てた。
 今は見逃すが次は逃がさない。涼の目は確かにそう語っていた。
「っ!」
 また先程の恐怖を味わうかも知れないと思うと、それだけで泣きたい気分になる。
 思わず歪ませた表情に涼の目が満足気に細められた。
 そのまま見つめられたら恐怖を思い出し身体がまた震えだしたかもしれない。だが、涼はあっさりと朔から視線を外し里桃の横を通り過ぎた。
 その場に里桃と朔を残し、出口へと向かう。
(……え? このまま行っちゃうの……?)
 この状況で姿を消そうとする涼の背中を信じられない気持ちで見る。
 自分を殺すかも知れない里桃と二人だけ残して本当に出て行くつもりなのか。
 しかも朔は未だ両手首を拘束されたままだ。
(私が殺されたら困るんじゃないの?)
 そう思って見続けていると、涼は「あ」と声を上げて振り返った。
 それを見て朔は涼は自分を拘束していたことを忘れていたのだと思った。忘れていて、今思い出したのだと。
 振り返った涼はそのまま手首の拘束を解きに戻って来ると思った。
 だが、涼は戻って来るどころか朔を見もせず里桃に一言。
「その女、殺すなよ?」
 とだけ口にした。
 あとはもう振り返ることなく保健室から出て行く。
 バン、と少し乱暴にドアを閉めた音だけが耳に聞こえてきた。





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