放課後、生徒や先生たちの目をかいくぐって校舎の裏側から出て行く男がいた。
 学ランを着ている彼は明らかにこの学校の生徒ではない。部外者だ。
 だが、二階の窓からそれを見下ろしていた少女・瑠花は、その男が何者なのか知っていた。
「……やっと来たんだ」
 ぽつりと零し、次に何故ここに居るのかと疑問に思う。
 一応仲間という分類である男だが、瑠花は彼のことをあまりよく知らない。
 知っているのは“桃太郎”の昔話で言うところの“猿”であること。そして昔、“桃太郎”の座を賭けて里桃と争っていたということ。
 あとは――。
「……っあ……」
 ある程度進んだところで、男・涼がこちらを振り仰いだ。その目はしっかりと瑠花を捉えている。まるで、はじめから彼女がそこにいたのが分かっていたかのように。
(やっぱり、本当だったんだ)
 瑠花が涼のことで知っているもう一つのこと。それは、女鬼、もしくは鬼の血を受け継いでいる女にしか持ちえない感知の力を男でありながら備えているということだ。
 瑠花にも感知の能力はあるが、どちらかというと結界を張る力の方が強い。感知の力は弱く、分かるのは半径百メートルがせいぜい。それにその範囲に目的のものが存在するかどうかしか分からない。
 だが、涼は正確な位置も分かるらしい。しかも範囲は何百キロにも及ぶ。
 何故彼が男でありながら感知の能力を持って生まれたのか、それは未だに謎だった。
 そんな涼が瑠花を見上げたまま顎をクイと動かす。『来い』というジェスチャーだ。
 瑠花は一拍悩み、周囲を見回して誰もいないことを確認してから窓を大きく開ける。そしておもむろに窓枠に足を掛けた。
 口を開け、『え?』と驚いている表情の涼を見ながら瑠花は躊躇いも無くそこから飛び降りる。
 里桃や涼達ほどの身体能力は無いが、二階くらいの高さから飛び降りることなど瑠花にとっては簡単なことだ。彼女は逆に何をそんなに驚く必要があるのかと眉を寄せた。
 難なく地面に着地し、涼の所まで歩く。
「何?」
 まだポカンと口を開けている彼の顔を見上げながら、少しぶっきらぼうに聞いた。
 だが、目を瞬いた涼は真っ先に呆れた表情を作り前髪を掻き上げる。
「……お前、仮にも女なんだからさあ……。もうちょっと淑やかに出来ねぇわけ?」
 その言葉を聞いた途端、瑠花の顔がヒクリと僅かに引きつった。
 つい先程まで、涼のことは“あまりよく知らない仲間”という認識をしていた。だが、この一言ではっきり“嫌いな男”という認識に変える。
(あたしだって紫苑の前でならいくらでも淑やかにするわよ!)
 内心怒り心頭だったが、思っていることをそのまま口にして、涼に自分が紫苑を想っているのを知られるのが嫌だった。
 だから、ぐっと堪え低い声で「うるさい」と言うに止める。
「それより何? わざわざ呼んだんだから何か話があるんじゃないの?」
 こんな失礼な男をいつまでも相手になどしていられない。早く要件を済ませてさっさと紫苑の待つ家に帰りたかった。
 あからさまに仏頂面をして言葉を待つ瑠花に、涼は表情を少し真面目なものに変えて改めて口を開く。
「お前、女鬼――朔と同じクラスなんだろ? ……どう思う?」
「どう思うって……」
 聞かれても、何と答えれば良いものか……。
 同じクラスだと言ってもまともに話したこともない。たまに注意して見てはいるものの、本当に鬼なのかと疑問に思うほど周りの女子高校生と変わりなかった。
 強いて違いを上げるとすれば影が薄いことくらいか……。
 大体涼が朔の何を知りたいのかも分からない。『どう思う?』なんて曖昧な聞き方では答えるこちらは困るだけだ。
「そんな聞き方じゃ何が知りたいのか分からないわよ。あんた何が聞きたいの?」
 思ったことをそのまま告げる。瑠花は基本的に曖昧なことが苦手だった。
 だが、涼はそんな瑠花を好ましく思わなかったらしい。顔を顰め、癇に障るため息をつく。
「お前何も感じないのか?」
 馬鹿にしている様な口調に、流石に瑠花は怒りで拳を震わせた。
 続けて自分の怒りに触れる様な事を言おうものならぶん殴ってくれる! と思ったが、幸いにも涼は余計なことを言わず本題に入った。
「あいつ、相当な力を持っているはずだけど……何かがおかしい」
「はぁ?」
 思ってもいなかった言葉に、瑠花は思わず馬鹿にしたような声を上げる。
 村崎 朔――あの弱そうな鬼が相当な力を持っていると涼は言った。
 有り得ない。流石に自分でも近くに感じた鬼がどの程度の力を持っているかくらい分かる。朔には、欠片程の力すら感じたことは一度も無かった。
「あの子からそんな力感じたこと一度だってないわよ? あんたの感知能力って結構いい加減なものだったのね」
 さっきの仕返しとばかりに最後には鼻で笑ってやった。だが、涼はただただ呆れて「お前馬鹿か?」と冷たい瞳を向ける。
「あいつの髪と目の色見ただろ? 胡桃色の髪に茶色の目は力の強い月鬼の証だぜ?」
 知らない知識に一瞬出まかせかと思ったが、涼は当たり前のように言うので嘘だとは思えなかった。
「え……? そ、そうなの? っていうか、月鬼って?」
 初めて聞く呼称に、涼に対する怒りも忘れ疑問ばかりを投げつける。だが、涼は何度目とも知れぬため息を漏らすだけ。
「はぁー……。勉強熱心なのは俺だけかよ……」
 涼はそう独り言のように呟くと、わざわざ瑠花に教えるつもりは無いらしく彼女に背を向けて歩き出してしまった。
「なっ! ちょっと待ってよ!」
 呼び止めるが、こちらを見ることなく彼は去っていく。
 追いかける気にもなれなかった瑠花は、憤然とした気分でしばらく涼が去って行った方を睨んでいた。





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