紅葉も時期を過ぎ、木々を鮮やかに彩っていた葉はほとんど地面に落ちている。
 既に変色した葉も多いが、その上から更に赤や黄色の絨毯が敷かれていた。
 そんな山の道を通り、里桃は屋敷への帰路を黙々と歩いている。
 頭の中では涼の言葉を延々と考えていた。
『やっぱりお前は知らなかったんだな』
 そう言った涼の顔を思い出すだけでも怒りが湧き上がって来るが、意味深な言葉はどうしても気になる。
 一体何を知らないと言うのか。
 涼は朔という女鬼に自分の子を産ませると言った。そして何を馬鹿なことを言うのかと嘲笑した自分に勝ち誇ったような笑みで言ったのだ。
 このことから、自分の知らないこととは鬼に関することだと容易に想像出来た。
 だが、それが何だと言うのか。
 鬼とは自分達“桃太郎”の一族が倒すべき相手。それだけのはずだ。
 鬼を倒す為だけに存在する吉備家。その存在意義を守るために、帝の命の効力が切れた今でも鬼の討伐を行っているのだ。
 必要なのは鬼を退治するための知識だけ。鬼に関する知識などそれだけで良いのだと思っていた。
 だが涼の顔が里桃に胸騒ぎの様なものを覚えさせる。
 自分はもっと知るべきことがあるのではないか、と……。
 思えば、あの女鬼が自分自身を鬼だと知ったのは最近だったということすら予想だにしていなかった。自分が鬼だと知らずに過ごしている者もいるのかと、軽く衝撃を受けたのをまだ覚えている。
 それ以外にも、考えれば知らないことが多すぎる。今まで考えずに済んでいたことが、鬼と対面し、涼に指摘されやっと気付いた。
 涼の言うとおりであることはとても腹立たしいが、自分が鬼のことを何も知らないということは認めざるを得ないらしい。
「お帰りなさいませ、里桃様」
 突如声が掛けられ我に返る。
 見ると、紫苑が玄関先で里桃に向かって軽く頭を下げているところだった。
 どうやらいつの間にか門を潜り抜けここまで来ていたらしい。声を掛けられなければ、紫苑の存在に気付くことなく部屋にまで行っていたかもしれない。
 それほどまでに頭を悩ませていたことに少々狼狽する。だが、それを表情には出さず「ああ」と頭を下げたままの紫苑に帰宅を告げる。
 そうして顔を上げた紫苑の変わり映えしない表情を見て、ふとこいつはどうなのだろうと思う。
 紫苑は鬼のことをどれだけ知っているのだろうか? と。
 昔から口数が少なく、必要最低限の言葉しか口にしない男だ。だが、書庫に籠ってひたすら書を読むことが好きなため知識は豊富だった。
 いつも里桃が求めればその知識を与えてくれる。そう、求めれば。求めなければ何も教えてはくれない。
 それは故意のあるものではなくただ単に彼の性格から来るものだが、時折もっと早くに教えて欲しかったと苛々することもあった。
 今回がそうでないことを願いながら口を開く。
「紫苑」
「はい。何でしょう?」
「お前、俺達が倒すべき鬼についてどれだけ知っている?」
 唐突な質問に紫苑は珍しくキョトンとあどけないとも取れる表情をした。
 それほど自分の質問が意外だったのだろうかと里桃は眉を寄せる。だが、紫苑はあえてその部分には触れず質問の答えだけを口にした。
「そう、ですね。……私達が倒す鬼は月鬼と言って、月から来たと言われていることですとか……」
「月鬼?」
 聞きなれない言葉を眉を顰めて繰り返す。そんな里桃に紫苑は説明を加えた。
「はい、この国には昔から住んでいる火鬼と呼ばれる種族がいる様です。ですが、初代“桃太郎”がその昔帝から受けた命は『異訪者である月鬼を退治せよ』です」
 だから吉備の一族は月鬼を倒すのだと、淡々と語る。
 それを聞いていた里桃は言葉も無く驚いた。鬼のことを何も知らないと認めはしたが、そんな基本的なことすら知らなかったとは。
「鬼に……種類があるのか……」
 やっと出した声は驚きをそのまま言葉にしたようなものだった。
 己が倒すべき鬼が月から来たと言われているのだということも驚いたが、何より他にも鬼と呼ばれる種族がいるとは思いもしなかったのだ。
「はい。それに今では国際化も進んでいますから、海外の鬼も増えているようです」
「は?」
「吸血鬼などはいい例ですね」
「……」
 最早完全に言葉が出ない。
 空想の産物だと思っていた吸血鬼という存在までいるのが当然のように語られ、里桃は流石に頭が痛くなってきた。
 そうして黙っていると紫苑は次々と言葉を続けた。普段は口数が少ないと言うのに、こういうときだけ饒舌になる。
「あとは私達の祖先にはその月鬼の血が入っているとか、月鬼の女が産んだ他族の子は月鬼を遥かに凌ぐ力を持って生まれるとか……」
「あー待て、ちょっと待て!」
 放っておくといつまでも話しかねない様子だったため一度制止を掛けた。紫苑が話す内容に自分の頭が追いつかない。
 取りあえず今の話で涼が何をしようとしていたのか本当の意味で理解した。
 自分達の祖先に月鬼の血が入っていることは知らなかったが、常人離れした身体能力を持つ者が産まれることの説明にはなっているので寧ろ納得する。
 そして、今の吉備家はその血が薄れているのが誰の目にも明らかだった。
 それを証明するのが先代の“桃太郎”。
 二十年前にもあった鬼の討伐で、彼は命を落とした。
 人と交わり弱体化している鬼にすら勝てないほど、その力は弱まっているのだ。
 里桃は先代よりも強いと言われているが、先代を知らない自分にとってそれがどの程度の評価なのか計りかねる。
 とにかくそういう理由から、涼はまた月鬼の血を取り入れようとあの女鬼を襲ったのだ。
(まあ、あいつのことだから他にも意味はありそうだがな……)
 涼は昔自分と“桃太郎”の座を巡って争った。負けた形になった涼はその後幾度となく里桃の命を狙っている。
 その涼がああいう行動に出たということは、今代の“桃太郎”の座より次代の“桃太郎”の父親を選んだということだ。
 そしてその意味は、里桃は先代のようにさっさと月鬼討伐に出て討ち死にし、自分は次代の“桃太郎”の父親と成りのうのうと暮らす。……そんなところだろう。
 相変わらず嫌味な奴だとため息が漏れた。
 取りあえず涼のことは置いておこう。自分に直接被害が来ないのならそれに越したことは無い。自分の獲物を取られる様な気がして良い気分ではないが、今はまず月鬼のことをもっと知るべきだと思った。
「こんなところで長々と話すことでもない。後で茶でも持ってきて話せ」
 そう告げて、里桃は家の中へ入って行く。
 そのあとを着いてきた紫苑は、里桃が脱ぎてた靴を揃えた後遠慮がちに口を開いた。
「あの……里桃様。実は報告があるのですが……」
 その声に部屋に向かおうとしていた里桃は振り向く。もしかして彼はその報告のために玄関先で待っていたのだろうか。
 そこまでする報告とやらに、里桃は気を引き締めて聞き返した。
「何だ?」
「その……。以前宝を見つけたとおっしゃっていましたが、この辺りにそのようなものは存在しません」
 貴方の勘違いではないかと、少し申し訳なさそうに言った紫苑に里桃はこの上なく脱力した。
 以前言った宝とは鬼のことだ。それを紫苑がそのままの意味で解釈し色々調べていたのは知っていたが……。
(まだ調べていたのか……)
 やはり初めにちゃんと説明した方が良かったのかもしれない。とは思うが、もう後の祭りである。
 ならば今、とも思うがやはり面倒だった。
「くだらないこと調べていないで討伐の準備にでも取りかかれ」
 結果、くだらないの一言で一蹴することになる。
 そして、早々に別の話題に移した。
「討伐の準備、ですか?」
 討伐の言葉に紫苑の表情も引き締まる。……他人から見れば変わりは無いかもしれないが、ごく身近なものだけが分かる表情の変化だ。
「そうだ。……涼が来た」
 そんな紫苑に応えるように里桃も真剣な目で宣言する。
「“桃太郎”と“犬”“猿”“雉”が揃った。鬼の討伐を始める」





本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース