朔には、彼らがどこから現れたのか分からなかった。
 自分の意識が朦朧としている所為もあっただろう。だが、それだけではないと思う。
 何故なら、一瞬前まで周りには誰もいなかったのに、彼等はすぐ目の前に現れたのだから。
 でも、今の朔に驚くほどの余力はない。
 ただ、どうして? と思った。
 次の瞬間、視界が回る。
 背中に痛みを覚え、そして重さを感じた。
 痛みに顔を歪めるが、何とか耐えて目を開く。
 仰向けに倒れた朔に、一人の男が馬乗りになっていた。
 その顔が凶悪な笑みを浮かべる。
「鬼ごっこはお終いだぜ? お嬢さん」
 暴れる力も無い朔は、ただ嫌悪をあらわに顔を歪ませた。
 だが、男は気にした風も無く笑ったままで後ろの方を振り仰いだ。
 その視線の先には、もう一人の男がいる。
「なあ、お前本当にいいのか? 俺独り占めしちまうぜ?」
「いいって言ってるだろ?」
 木に寄りかかりながらつまらなそうな表情で立っている男はうんざりした口調で答えた。
「俺は上の連中を敵に回したくないし、権力にもそれほど興味ない」
 それに、と嘲笑を含んだ笑みを浮かべ、朔を見た。
「俺は面食いなんだよ。そんな平凡な女じゃその気にならない」
「そうか? 俺は不細工じゃなきゃいけるけどな」
 そうして二人は笑う。
 その声を聞きながら、朔は怒りが湧き上がってくるのを感じた。
 息が整ってきて、それくらいの余裕が出てきたようだ。
(平凡な女とか、不細工じゃなきゃいけるとか、ふざけるんじゃないわよ!)
 確かに朔は美人でも不細工でもない。良くも悪くも平凡だった。
 朔自身、それを否定しようとは思っていない。
 だが、男達の方が襲ってきたのだ。それでこの言い分となれば腹も立つというもの。
 体はまだ自由に動けるほどではないが、心だけは彼等を殴り飛ばす位の気持ちでいた。
「まあ、それならそれで安心だ。こんなレアな女、独り占め出来るなんて運が良いぜ」
 馬乗りになっている男は、そう言って朔に視線を戻す。
 その顔を見て、朔は体を強張らせた。腹を立てていたことも途端に忘れる。
 男は、下卑げびた笑みを浮かべ、獲物を見る獣の目をしていた。
(逃げ……なきゃ……)
 思うが、体は動かない。
 力尽きているというのもあるが、恐怖で体が固まってしまっていた。
「あ……ぅあ……」
 喉も引きつり、拒絶の言葉を発することも出来ない。
 見開いた目に、涙が溜まっていた。
「そんなに怖がるなよ」
 下卑た笑いそのままで、男は朔の耳元に顔を寄せる。
 息がかかり、嫌悪から目蓋をぎゅっと閉じた。
 そして囁かれた言葉に絶望する。
「一緒に楽しもうぜぇ」
 そう言った唇が、首筋に触れた。
 もう駄目だと朔は思った。
 自分を助けてくれる人なんて一人もいない。自分で何とか出来なければ、もうそこで終わり。
 今も、この男達から逃げられなかった時点で終わりなのだ。
 そう諦めたとき――。
 ゴッ!
「ぅがっ!」
 鈍い衝撃音と、男の声。そして重さが無くなった。
 予想外の出来事に驚いて目を開けると、朔に馬乗りになっていたはずの男はもう一人の男の足元でうずくまっている。
 そして朔の近くには、見覚えのない男が一人立っていた。





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