真っ先に目に入ったのは紅樺色べにかばいろさや
 男は片手に、刀身を収めたままの日本刀を持っていた。
 視線を上に向けると、前ボタンを全て外して着崩している学ランが見え、さらに上には夜闇を思わせるような漆黒の髪がある。
 その黒に縁取られた顔は凛々りりしく、美しかった。
 だがその瞳は冷たく、視線を合わせたらそれだけで心が冷え切ってしまいそうだ。
 男は呆然とする朔に僅かに視線を向けると、すぐに逸らし二人の男に向き直った。
「お前達、他人ひとの敷地で何をしている?」
 よく通る声。
 そして、傲慢ごうまんさが滲み出ている声……。
「ここは俺の土地だ。好き勝手させるわけにはいかない」
「ってめぇ……ふざけんな!」
 殴られた男が、立ち上がると怒りにまかせて叫ぶ。
 そのまま殴りかかって来そうな勢いだったが、もう一人の男がそれを止めた。
「ちょ、ちょっと待て。そいつの持ってる刀……」
「あん? 何だよ!」
「……まさか、村正むらまさ……?」
 その呟きに、学ランの男が反応した。
「分かるか? そうだ、村正……妖刀村正だ。妖刀故に、人以外のものを狩るのに丁度良い」
「お、おい。駄目だ、相手が悪すぎる。逃げるぞ!」
 男の顔がみるみる青ざめる。
「あ、ああ」
 今にも殴りかかって来そうだった男の方も、もう一人の男の言わんとしていることを理解したのか素直に従う。
 そうして、朔を襲った男達はあっさりと姿を消したのだった。
 その場に残ったのは朔と、おそらく彼女と同じ位の歳の男。
 男はしばらく二人が去って行った方を見つめ、朔はまだ呆然としていた。
 何が起こったのか、朔はよく分かっていなかった。
 自分が今無事である事がとても不思議に思える。
 さっき、もう駄目だと思った。絶望し、諦めた。
 何故なら、願っても助けなど来るはずがなかったから。
 でも、助けられた。この見知らぬ男によって。
(どうして、助けてくれたんだろう……?)
 やっとまともに動かせるようになった頭は、そんな疑問から始まる。
 答えを求めるように、男を見上げた。
 彼はまだ男達が去った方を見つめながら、何かを呟く。
「村正に気付くとは……。だが、反応は無かった……違うか……?」
 朔にとっては意味不明な呟きを口にした男は、その後やっと朔の方を見た。





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