「それで? 報告は以上かな? 他には何もなかったのかい?」
一通り会話が終了したのを見計らって玉兎がそう聞いてきた。
朔は内心ギクリとしながらも「いいえ」と出来る限り自然に答える。隣で未だ無言を貫いている月人も身を強張らせるのが分かった。
今日涼に襲われたことは話していない。月人にはちゃんと説明したが、華や玉兎には言わないで欲しいと頼んだ。言ってしまえば月人が責められると思ったからだが、思い出したくないからだと嘘をついて……。
優しい二人が彼に酷い罰を与えるとは思わなかったが、何故か直観的にそうした方が良いのだと感じた。
そしてそれは当たっていたのかもしれないと思う。
「本当に?」
静かに聞き返してくる玉兎は、僅かに目を細める。表情は穏やかだが、その目はまるで探るように朔の瞳を貫く。
それは一瞬の出来事だったが、このとき朔は初めて玉兎を怖いと思った。
「は、い……。本当です」
恐怖にも似た緊張感からドキドキと胸を鳴らしながら答える。
玉兎はそんな朔から月人に少し視線を向けて「そう」とだけ返す。
そして彼は穏やかな顔に戻ったが、その目はまだ鋭さを残していたような気がした。
普段は優しくて穏やかな玉兎だが、実は怒らせると一番怖いのは彼かもしれない。
心臓の音を落ち着かせながら、朔はそう思った。
そんな緊迫した様子を知ってか知らずか、華が明るい声でその場を取り仕切る。
「それじゃあ話はここまで! 明日到着する仲間達は兄様と月人が“桃太郎”対策を話し合うから良いとして……朔」
「え? はい!?」
突然名前を呼ばれて思わず姿勢を正してしまう。
「貴女は結界の練習しなくてはね。自分の身くらいは守れた方が良いでしょう?」
華はおどけた様子で言ったが、その目は限りなく真剣だった。実際、そういう目をしたくもなるだろう。
相手が四人とはいえ、どんな状況になるのかは分からないのだ。最悪自分の身くらい守れなければ命を落とす可能性もある。
「ええ。……付き合って貰っていい?」
少し申し訳ない気持ちでそう返すと、華は無言で頷いてくれた。
でも、今日は少しだけとはいえ成功した。もっと練習すれば自分一人分くらいの結界は張れるようになるかもしれないと希望を感じる。
その希望を胸に、朔は華といつものように結界の練習を始めたのだった。
翌日、華達が話していた通り数人の男鬼がやってきた。
簡単に紹介されただけでろくに話もしなかったが、皆色素が薄く力の強い鬼だと分かる。
彼等はすぐに玉兎に連れられ家の奥の部屋で“桃太郎”対策を毎日話し合っている様だった。
そして朔は毎日道場で華に付き合ってもらいながら結界を張る練習をしている。
だが、まるで結果が出なかった。
朔だけでなく今まで焦るなと言い聞かせていた華も流石に本気で焦り始めた。
一度成功したというのに、朔の力はまた鳴りを潜めてしまっている。
時間が無いと思うと尚更焦り、上手くいかず時間だけが過ぎて行った。
そして、朔が力を扱えぬままそのときは訪れる。
里桃の宣戦布告から五日後の夜。
寒々しい満月の夜。御津木の家に轟音が響いた。