その気まずい空気を押しのけ先に口を開いたのは瑠花だった。
「……取りあえず、戦いに巻き込まれたくなければここを動かないことね。あたしが守ってあげる義理は無いし」
冷たい言葉ではあったが、敵とも言える彼女に優しくされるのもどこかおかしく思うのでさして嫌な気分にはならなかった。
寧ろ忠告をしてくれているだけ優しいのかもしれない。
朔はコクリと頷き、先程から気になっていることを聞こうか迷った。
「何？ 何か言いたいことがあるならはっきり言ってよ！」
そんな朔の様子を感じ取り、瑠花は苛立ち怒鳴るように言う。
朔は先程から怒り気味な彼女を少し怖いと思いながらも、言わなければ更に怒らせることになりそうだったため絞り出すように言葉を紡いだ。
「あのっ！ ……その……何でそんなに辛そうなの？ 大丈夫？」
さっきから彼女の額に滲みでている脂汗は引くことがない。というか、さらに量が増えている気がする。
眉間にきつくしわを寄せ、怒っているのも確かだろうが辛い状態で有るのも確かなようだった。
だが聞いてしまってから間抜けなことを聞いたかもしれないと思う。
辛そうな人を見て『大丈夫？』と聞くのは普通のことだが、敵に対して聞くのはおかしいことだったかもしれない。
案の定、聞かれた瑠花は呆れた眼差しで朔を見ていた。
「……は？ あんた馬鹿？ 何敵の心配してるのよ」
まさに今思ったことを言われ返す言葉も無い。
だが、そのおかげか否か、瑠花の纏っていた刺々しい雰囲気が少し和らいだ気がした。
はぁ……と一息ついた瑠花は「大丈夫」と答えてくれる。
そして親切にも自分が辛そうな理由まで話してくれた。
「あんたには分からないかもしれないけど、あたし今この屋敷全体に結界張ってるの。その上紫苑達の受ける攻撃が少しでも小さくなるよう一人一人に守護の結界も」
呼吸するのもままならないほど辛いのだろう。瑠花は肩を揺らしながら声を出していた。
そういえば先程部屋に迎えに来た華がそんなことを言っていた気がする。“桃太郎”側の人間が屋敷を囲むように結界を張っていると。
考えてみれば月鬼の中でも結界を張れるのは女鬼のみ。それが人間だとしても変わる事は無いのだろう。
彼等四人の中で唯一の女である瑠花が結界を張る役目なのは当然なのかもしれない。
「こんな大きな屋敷を囲む結界張るだけでもかなりキツイってのに……。とにかく、大きな力使いっぱなしで辛いだけだから、変な心配しなくていいのよ」
最後にそう言うと、瑠花はもう何も言わず里桃達の方へと視線を向けた。
瑠花には他にも聞きたいことが有る。だが話すのも辛そうな彼女を見ると何も聞けなくなった。
だから朔も、瑠花に合わせるように玉兎達の方へ視線を向ける。
視線の先に見えたのは未だ対峙し戦っている玉兎と里桃。
先程までは玉兎の方が優勢だったはずなのに、今は押されている。一体どうしたのかと思い他の人達も見てみると、月人を含めた他六人の男鬼達は全て涼と紫苑二人相手に苦戦していた。
涼一人が入っただけだというのにここまで情勢が変わるものなのだろうか。
半分信じられない気持ちで見守り続けていると、近くからガタンと物音が聞こえてきた。
思わず視線を向けた先は屋敷の玄関だった場所。瓦礫や木材を押しのけ姿を現したのは華だ。
「朔！」
涼に連れて行かれた自分を追ってきたのだろう。外に出た華はすぐに自分を見つけ叫ぶように名を呼んだ。
「華！」
朔も彼女の名を呼び足を向けた。
涼が近くにいない今なら逃げられる。瑠花は近くにいるが、彼女は特に止めたりしないだろうと先程の会話で思った。
「っ！ 駄目！」
だが、瑠花は止めた。
逃がさないという意味ではない。
「危ない！」
そう叫んだのは瑠花だったか華だったか。その判断をする前に、朔のすぐ目の前を何か大きなものが横切った。
ドガァゥゥン……
直後、すぐ側の巨木に
（何……？）
「朔さん！？ 華もっ！ 何でこんなところにいるんだ！？」
普段の穏やかな様子など微塵も感じさせず、彼――玉兎は焦りの表情で叫んだ。
その後方では他の者達もこちらに向かって来ているのが見える。その中にいるはずの人物が一人いないことに気付き、そしてその人物が今目の前を横切ったものだと気付いた。
「うっ……くそっ！」
巨木にぶつかり倒れていた人物の立ち上がる気配を察し、朔は緊張の面持ちで振り返る。
刀を杖代わりに立ちあがった彼は、正面を見てすぐに朔の存在に気付いた。
「お前……」
目を細め、しっかりと立った彼――里桃は剥き出しの刀身を朔の喉元に突き付けた。