息を飲み、全身を強張らせた朔は今の状況に里桃と初めて会ったときのことを思い出す。
(あの時と同じ……)
突き付けられた刀に感じた恐怖と共に、既視感を覚えた。
ここ最近、里桃は朔の命を狙っては来なかった。朔が自分の力を扱えるようになるまで待つなどと言って……。
だが、今の里桃は違う。その眼差しは射る様に朔を睨みつけ、月明かりに妖しく光る妖刀でその首を狙っている。
初めて会ったあの日と同じ様に、里桃は今自分の命を奪うつもりでいるとはっきり分かった。
「朔!」
「朔さん!」
華と玉兎の声が響く。だが動く気配は無い。
下手に動いたら里桃は瞬時に朔の首を斬るかもしれない。その可能性があるため動けないのだろう。
緊迫した空気の中、冷たいものが顔に当たる。そして、視界に白いものがチラチラと舞うのが見えた。
寒いと思っていたが、夕方の天気予報の通り雪が降ってきたようだ。
恐怖で体は強張っているというのに、頭の奥は妙に冷静でそんなことを考える。
目の前の里桃の顔にも雪が当たり、その冷たさからか僅かに目元をピクリと動かす。そして彼は口を開いた。
「お前、力は扱えるようになったのか?」
淡々と、だが嘘を許さない声音で聞かれた。
「……」
何と答えるべきか……いや、そもそも答えるべきなのかすら分からない。
それに、どう答えた所で里桃の気が変わるとは思えなかった。
迷い、口を閉ざしていると後ろの方でザッと土を踏む音が鳴り聞こえて来ていた足音が完全に消えた。里桃と玉兎以外の男達もこちらに来たのだ。
「朔!?」
「朔!? おい、里桃!」
月人の叫びと涼の非難の声。そんな声だけでも後ろの状況はなんとなく分かった。
徐々に増えて行く小さな白綿の中、物音が一切しなくなる。皆も朔自身も、里桃の行動に集中しているのだ。
彼の行動のみが、この時を止めたような空間を動かせるかのように。
息を吸うのも忘れそうになる静けさの中、カチリと刀が鳴った。
「その様子では、相変わらずみたいだな」
答えない朔にそう判断したのだろう。里桃は残念そうにため息をつくと、刀を握り直し刃先を朔の左胸へと移動させた。
「駄目っ! 朔、逃げてぇ!」
悲痛なほどの華の願いは聞こえてはいたが、体を動かすことが出来ない。
「里桃! 止めろ!!」
強い制止の言葉を放つ涼の声も聞こえた。――が、里桃は聞こえていないかのように朔だけを見続けている。
その視線に朔も里桃から目を離すことが出来ない。
妖刀が狙っている左胸は心臓の位置。そこを刺せば確実に死に至る場所。
今度こそ朔は、その身全てで死への恐怖を感じた。
その瞬間、無意識に自分の中の力を探る。生きる
今までは助けて貰ってばかりだった。だが、今は彼等が自分を助けようと動く前に里桃の刀が心臓を貫くだろう。
(死にたくない。死ぬのだけは駄目!)
“死”というものへの過剰なまでの拒絶。
それを感じた時、頭の中に一瞬女性の顔が浮かんだ。彼女は辛そうな表情で何かを言っている。
だが、何を言っているのか理解する前に女性の顔は消え、次の瞬間――。
キィン! と音を立てて弾かれたように飛ぶ里桃の刀。
その刀身に、二つの満月が映っていたのが見えた……。