シン……とした車内ではエンジン音が良く聞こえる。
 それと共にゴウゴウと車外の風の音も耳に届いた。
 外は昨夜の雪が積もり白い色が支配している。木々などはまるで綿帽子を被ったかのようだ。
 この雪は一度解けるだろう。そして次に降り積もった時本格的な冬が始まるのだ。
 今の雪のようにこの車内の雰囲気も解けてくれればいいと朔は緊張しながら思った。
 運転席には玉兎、右隣では月人。これはいつもの人達。
 でも今はそれに二人追加されている。華の指示で朔の護衛にと付けられた月鬼の男達だ。
 里桃達との戦いにと召集された五人の内の二人。
 名前はかつら銀兎ぎんとといったか。
 桂は十八歳、銀兎は十七歳だと聞いた。
 どちらも整った顔立ちをしているが、中身は正反対の様だ。
「それにしても変転出来るなんて、朔ちゃんって本当に凄いね〜」
 車内の重々しい雰囲気に気付いていないのか。はたまた気付いていてあえてそうしているのか。
 軽いノリの口調で桂は先程から朔に話しかけている。
  「はぁ……」
 朔は戸惑いもあって、流すように相槌を打つことしか出来なかった。
 自分の隣。月人とは反対側に座る銀兎とは本当に全く違う。
 銀兎は口を真一文字に引き結び、目を閉じて微動だにしない。
 桂より若いが、口数も少なく固いイメージだ。実際朔も初めて会った時のあいさつでしか言葉を交わしたことがない。
 そんな二人が加わっただけで、どうしてこの車内の空気はこうもピリピリしてしまっているのだろう。
 朔は体を強張らせたまま他の四人に軽く視線を向けた。
 桂は空気読めと言いたくなるほどに軽いノリで話している。
 銀兎はまるで岩のように黙って動かない。
 月人は元々玉兎の前では朔とあまり話さないためずっと車外を見ていて無言だ。
 最後に玉兎に視線をやった朔は、このピリピリした空気の発生源は彼だと知った。
 ルームミラーでチラリと見えた彼の表情は笑顔。いつものにこやかな笑み。
 だが、桂と自分との会話に参加するわけでもないのにその笑顔となると逆に怖い。実際、目が笑っていないように見えた。
 でも理由が分からない。
 いつもと違う状況は桂と銀兎がいることくらい。なのだから理由はその二人に関係ある事なのだろうが……。
 二人のことを良く知らない朔にはやはり理由は分からなかった。
 故に、朔は学校の近くまでこの気まずい雰囲気を我慢しなければならなかった。


「じゃあ、俺達は学校の近くで待機してるから。何かあったら遠慮なく呼んでね」
 学校の近くで月人と共に車を降りると、助手席の窓から顔を出して桂がそう声を掛けた。語尾に音符でも付きそうな話し方は相変わらずだ。
 そして後部座席の奥に見える銀兎も相変わらず。結局彼は一言も言葉を発することはなかった。
 ついでに言うと、玉兎のうすら怖い笑顔も相変わらずだったが……。
「はい。……すみません」
 朔は承諾し、そして少し躊躇いがちに謝った。
 本来、里桃達“桃太郎”一味に対抗するために集められた人達だ。それなのに自分の我が儘の所為で余計なことまでさせてしまっている。
 申し訳ないと、思わずにはいられなかった。
 だが、謝罪に対する返事は思いもよらないものだった。
「何で謝るのかな? どこにいようと、朔ちゃんを守るのが俺達の役目だってのに」
「え?」
(私を守る?)
 里桃達を撃退するために来たのでは無かっただろうか?
 それとも、調子の良い桂が適当なことを言っているだけだろうか?
 そう考えたが、他の三人は訂正する事もなく寧ろ同意していた。
「そうだよ、朔さん。君は僕達にとって大切な存在なんだ」
 玉兎が優しく微笑みながら言うと、銀兎も無言で頷く。
 月人は黙っていたけれど、やはり否定はしなかった。
 朔はそんな彼等に不安を覚える。
 昨夜の老人達と似た感覚。胸騒ぎの様な、そんな不安を。
 その所為か何も言葉が出て来なかった。
 彼等にとって自分が大切な存在。
 それはおそらく――いや、確実に変転することが出来たからだろう。
 何故変転出来たのか、何故突然こんなことになったのか、自分でも分からない状態だというのに周囲の状況だけが変わっていく。
 周囲の変化に、自分の心はついて行くことが出来ない。
 朔は黙り込み、結局「それじゃあ、行って来ます……」と逃げるようにその場を立ち去ることしか出来なかった。





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