コンコン
「失礼します」
ノックをし、断りをいれてドアを開ける。
だが、部屋の中には誰も居なかった。
それが分かって内心朔はホッとする。
皆の視線がいたたまれなくて、逃げる様に保健室に来た。
それなのに、この上保健室の先生にまで皆と同じ様な目で見られたらもう逃げる場所が思いつかない。
一時限目はなんとか耐えたが、授業中も注目を浴びているのが分かって息苦しかった。
クラスメートだけでなく、先生方も皆驚きと戸惑いの目をした。そして何度も自分を見る。
絶え間なく視線を送られて、慣れない所為もあり朔は本当に気持ち悪くなってきたのだ。
丁度良いと思い、一時限目が終わると同時に隣の席の女生徒に「具合が悪いから保健室に行きます」とだけ告げ、「ついていこうか?」という申し出も断りここに来た。
ドアを閉めた朔は取りあえず奥のベッドに腰掛ける。だが、すぐに立ち上がり窓を少し開けた。
外気が入ってきて少し寒かったが、仕方がない。
(この間みたいなことになったら困るものね……)
ベッドに座った途端数日前同じ場所で起こった出来事を思い出した。
組み敷かれ、もう少しで犯されそうになったことを……。
外気のためか、思い出した恐怖のためか、ブルリと震えた朔は取りあえずベッドに入ることにした。
眠る気になれない朔は、上半身を起こしたままボーっと外を見る。
昨夜降った雪は解け、昇って来た日のおかげで濡れた土も乾き始めていた。この様子なら、昼前には昨日雪が降ったことなど嘘のようになるだろう。
消えた雪のように、昨夜の出来事も嘘のように消えてしまえばいいと思ってしまう。
力が欲しいと思った。皆を守れる力が。
だが、想像していたものより大きな力は望んでいたものではなく異変ばかりを引き起こす。
学校の皆の自分に対する態度。この変化も、多分変転したことがきっかけなのだと思う。
理由は全く分からなかったが、朔はそれが間違っていないだろうことはなんとなく分かっていた。
変転したあの瞬間、脳裏に浮かんだ女の人。額から血を流し、辛そうに自分に話しかけていた。
一瞬だったため確信は持てないが、彼女が何者なのか朔は知っている気がした。
「多分、あの人は――」
答えを確かめるように言葉にしようとする。
だが、音としてその言葉が口から出る前にこの部屋に近付く気配を感じた。人ではない者の気配を。
月人ではない。学校の敷地外で待機している桂や銀兎でもない。
僅かに感じる鬼の気配――これは“桃太郎”の一族のものだ。
鬼の気配を感じることが出来るようになって分かったことがある。“桃太郎”一味にも、ほんの少しだけ鬼の気配が備わっているのだということだ。
初代“桃太郎”が半人半鬼だという涼の話を思えば当然のことなのかもしれない。
勿論、彼等の一族全てが鬼の気配を備えている訳ではないだろうが、少なくとも昨夜いた四人からは鬼の気配を感じた。
(瑠花さん……じゃ、ないわよね……)
朝、教室にはいなかった。HRで担任の先生が欠席だと言っていたので、今日は本当に休みなのだと思う。
昨夜の彼女は辛そうだったし、今日はゆっくり休んでいるのだろうと思った。
だから他の三人も今日は学校には来ていないのだろうと思っていたが……。
(そんなことは無かったみたいね……)
朔は緊張の面持ちでゆっくりとベッドから降りる。すぐにでも逃げられるように。
瑠花ではない。廊下の方から近付いて来るので、もう一人の――紫苑と言ったか。彼でも無いだろう。
となるとこの気配は里桃か涼だ。
窓際に移動し、出入り口のドアを睨みながら朔は耳を澄ます。その耳に、チリン……と鈴の音が聞こえてきた。